「何かあったときのために」
そう思ってポケットに入れていたけれど、結局、一度も使うことはありませんでした。
僕は今年、「指定難病の申請」を卒業しました。
20歳でクローン病に認定されてから17年。
毎月の血液検査、毎年の大腸内視鏡検査。
そのたびに「もし再発していたら…」と不安になり、
結果を見てはホッとする。
心理学を学び、人に伝えてきたはずの僕が、自分のことになると情けないくらい不安になっていた。
それを延々と繰り返してきました。
「万一のために」
「未然にふせぐために」
そう言いながら申請を更新し続けてきたけれど、
実はその思考こそが僕を病気に縛りつけていた。
毎年毎年、不安に支配され続けていたのです。
そして今年、勇気を出して「もう更新はしない」と決めました。
すると、ちょうどそのタイミングで、
長年お世話になっていた病院も、先生のご高齢で閉院に。
僕は5枚にも及ぶ手紙で感謝を伝え、
17年間続けてきた「難病の鎖」から、自分を解き放ちました。
ヘルプマークを手放すことは、
ただのモノを手放す以上に、
過去の痛みや不安を手放すことでもありました。
あの8度の手術の痛さも、
4年間の絶食も、
僕の体に、心に、
深く刻まれている。
消えることはありません。
けれど、それを抱えたままでも──
人は前に進める。
だから今年、僕は新しい挑戦を始めます。
それが、クラウドファンディング。
病気のために生きるのではなく、
僕は、これから「自分の人生を生きる」挑戦を選びました。
世の中、病気や不安や過去の痛みに、
縛られている人は少なくありません。
「もし、またあの痛みが来たら…」
「もし、失敗したら…」
そう思うと、なかなか前に進めないものです。
でも、過去を恐れて動けない人生よりも、
勇気を出して一歩踏み出す人生のほうが、
ずっと自由で、ずっと生きやすい。
僕が難病を卒業できたように、
あなたもきっと「不安を卒業」できる。
それは、今この瞬間から始まります。
🌱 過去に縛られない生き方を。
🌱 不安を抱えたままでも進める勇気を。
🌱 そして「自分の人生を生きる」という選択を。
同じように悩みや不安を抱える誰かの光になれるように、
僕はこれからも挑戦を続けます。
僕の挑戦を支えていただける方はこちらから。
応援・ご支援・情報のシェアを、どうかよろしくお願いいたします。]]>100回を超えてもなお、毎回みなさんが心を開いてくださるので、
気づけば「癒しの場」というよりも「心の温泉」みたいになっています♨️
今回のテーマは──
「わかってほしい自分の取扱説明書」
正直、誰だって「わかってほしい」んです。
「今日は疲れてるんだよ!」とか
「そこは褒めて!」とか
でも、ふと考えると──
僕たち、相手のことを「わかってる」つもりになってるだけかもしれません。
人間は、つい自分中心に世界を見がちです。
別に悪いことじゃないんです。
ただ、どうしても「自分フィルター」で見たいように見て、
聞きたいように聞いて、受け取りたいように受け取ってしまう。
つまり…
「わかってほしい!」
と叫んでいる自分も、結局“自分の見方”を押し通しているだけ、なんてことも。
だから、まず…
「わかってほしい」
なら、まずは自分で自分をわかること。
そこをサボって「相手に丸投げ!」は、残念ながら“わがまま”のラベルがペタッと貼られてしまいます。
それに…
相手に「わかってほしい」と願うなら、同じくらい「相手をわかろうとする」姿勢が必要。
これがあると、ただの「要求」から「対等で誠実な関わり」に変わります。
とはいえ、人のことなんて本当にはわかりません。
年齢も、性別も、生まれ育ちも違うんですから。
だから、「絶対にわからない」けど「わかりたい」という気持ちが大事なんです。
ここに人間の可愛さがあるんですよね。
この“わかりたい力”があると、不思議と関係は温かくなります。
(夫婦でも親子でも、なぜか猫でも…!🐾)
「わかってほしい」は人類共通の願い。
でも、もし叶えたいなら、同じくらい「わかろう」とすること。
わかり合えない前提のなかで、
「それでも、わかりたい」
と思う姿勢こそ、謙虚で素敵な在り方だと思います。
結局、相手の心の中までは“取扱説明書”を読んでもわからない。
でも、「わかりたい」気持ちがあるだけで、人と人の間には、じんわりあったかい空気が流れるんですよね。
次回のゆるトーク夜会でも、そんな「人間くささと可愛さ」を一緒に味わえたらと思っています。
またご案内しますので、どうぞお楽しみに!
カウンセラーの神社昌弘です。
「あなた、前世は魔女だったんですよ」
──そんなふうに占いで言われた経験はありませんか?
最初は「すごい!」とワクワクするけれど、気づけば
「でも今の私は何もできない…」
「ただのメンヘラ扱いされるの?」
と、不安やモヤモヤに変わっていく。
スピリチュアルに興味があるからこそ、疲れてしまう。
そんな“心の落とし穴”にハマっていませんか?
🎥 今回のYouTubeはこちら
今回の見どころ
・「前世が○○」に振り回されるときの心の仕組み
・“念”と“執着”の正体
・魔女とは、力ではなく“心の在り方”であること
・現実は自分の内面の投影。その気づきが未来を変える
浅草寺で「凶」を引いたアメリカ人のエピソードから、
「それ、神様に失礼です」と一喝する場面も。
真剣なのに、笑いもあふれる“現実的スピリチュアルトーク”です。
・占いやスピリチュアルに少し疲れてしまった方
・「自分の感覚を信じたい」と思っているけど不安な方
・魔女とか霊感とかに振り回されず、地に足をつけて生きたい方
是非ご覧ください。
https://youtu.be/6ErIfwO9EhE?si=td17mPIxwDzGPrzA
出演者紹介
🧑⚕️ 神社昌弘(かんじゃ・まさひろ)
カウンセラー/スピリチュアルアドバイザー
30,000件以上のカウンセリング実績。
地に足のついた「心の処方箋」を発信中。
🧑🏫 柏崎圭祐(かしわざき・けいすけ)
英語教室主宰/毒舌と優しさが絶妙な英語講師
]]>カウンセラーの神社昌弘です。
今日は、フォトエッセイ集の制作秘話をこっそり公開します🐾
そもそも僕、もともとは犬派でした。
猫?
ツンとしてるし、気まぐれだし、正直「ふーん」くらいの存在。
……だったはずなのに。
ある日、京都の猫カフェで出会ってしまったのです。
あまりにも可愛い猫たちに。
その瞬間、僕の「犬派人生」がガラガラと崩れ落ちました(笑)。
猫って、自由気ままに見えて、ちゃんと人を観察してるんですよね。
ツンデレでマイペースなのに、なぜか周りといい距離感を保ってる。
しかも「ご機嫌でいられる場所」をちゃんと自分で選んで生きている。
……これ、めちゃくちゃ人生の達人じゃないですか?🐱✨
写真選びは、とにかく大迷走しました。
どれを見ても「かわいい!」しか言えない。
でも、言葉をのせていくと、不思議と自然に「この一枚だ」と決まっていく。
(猫が選んでくれてるんじゃないかと本気で思うくらい。)
実はこれまで13冊の本を出してきましたが、正直しんどい時は文字だけが重たく感じることも。
でも、僕自身が闘病時代にいちばん救われたのはフォトエッセイでした。
短い言葉がストレートに心に届いて、写真の癒しがじわっと効いてくる。
だから今回の本は「癒しの一冊」にしたいんです。
「ツンデレ先生・猫」から学んだ、自分らしく生きるヒント。
このフォトエッセイ集にギュッと詰め込みました。
📘10周年記念クラウドファンディング挑戦中
『わたしを生きる』猫のフォトエッセイ
神社昌弘です。
いつも僕の活動をあたたかく見守ってくださって、本当にありがとうございます。
今日は、どうしても皆さんにお伝えしたい大切なお知らせがあります。
今年、僕は独立10周年という節目を迎えました。
カウンセラーとして20年、独立して10年。
これまでに30,000件以上のカウンセリングを行い、
講演・執筆・YouTubeなどを通じて
「自分らしく生きること」
の大切さを伝え続けてきました。
その節目に、新しい形で想いを届けたいと考え、
フォトエッセイ集
『わたしを生きる』
を制作することにしました。
実は僕、ずっと犬派で「猫には興味がない」タイプでした。
けれど、写真を撮り続けるうちに、
猫たちの自由でまっすぐな姿が、
人生を大きく変えてくれたんです。
・きままに自由に
・自分を大事に
・いつも穏やかに過ごす
そんな猫の姿から、
「わたしを生きる大切さ」
を学びました。
この本には、猫たちの可愛いしぐさと共に、心にそっと寄り添うことばを綴っています。
「もっと気楽に、自分をゆるしてもいいんだよ」
「他人の期待より、自分の心に正直でいたいよね」
読むたびに、肩の力がふっと抜けるような一冊です。
このフォトエッセイ集は、
クラウドファンディングを通じて形にします。
いよいよ 9月8日(月)からスタート です!
このページでは、
を率直に書きました。
ぜひ一度ご覧ください。
クラウドファンディングが初めてでも大丈夫。
以下のガイドをご覧いただければ安心です。
🔗 はじめての方へ(登録ガイド)
https://note.com/crowdfunding_if/n/nfc36b8782462
もしよかったら、
“最初の火を灯すひとり” になっていただけたら本当に心強いです。
無理のない範囲で、できる形で関わっていただければ嬉しいです。
このフォトエッセイ集『わたしを生きる』が、
あなたの心にも小さな灯りをともせますように。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
そんな気持ちを抱いたことがあるなら、ぜひ今日のお話を読んでみてください。
祖先から受け継いだ智慧
僕の家系に伝わる「戦わずして勝つ智慧」
それは、1500年前の用明天皇の時代にさかのぼります。
第三皇子と共に「鬼が棲む」と恐れられた大江山へ向かった一団。
その中に、僕の祖先がいました。
人々は「刀を抜いて鬼を討ち果たす」と信じていましたが、祖先がしたことは違いました。
彼は鬼の正体を見抜いたのです。
鬼とは人の姿をした者であり、狂わせていたのは土地に淀んだ“悪しき気”。
そこで祖先は刀ではなく、祭祀と祓いによって土地を浄めたのです。
その瞬間、鬼たちは影を脱ぎ捨てるように消えていった──。
この故事を祖父から聞いたとき、僕は鳥肌が立ちました。
「戦わずして勝つ」
「闘わずして懲らしめる」
これは単なる伝説ではなく、僕自身の生き方に深く通じています。
カウンセリングの現場で
カウンセリングでも、こうした相談は少なくありません。
けれど実際に仕返しをすると、結局は同じ土俵で泥をかぶることになります。
心理学ではこれを「投影」と呼びます。
憎むほどに、その相手の影に自分が支配されてしまうのです。
では、どうすればよいのか。
戦わずして勝つ“3つのステップ”
まずは自分を浄める
深呼吸で整え、生活を調え、心を鎮める。これだけで「相手の毒」に飲み込まれなくなります。
徹底して反応しない
挑発にのらず、淡々と日常を送る。無関心ほど痛烈な仕返しはありません。
幸せになることを選ぶ
最終的にもっとも相手を打ちのめすのは、自分が笑顔で幸せに生きている姿です。
「あなたは、もう私の人生に影響を与えない存在だ」
これを態度で示すことこそ、エレガントな仕返し。
上司には成果で黙々と応え、元彼には新しい幸せを見せる。
それに気づいた相手が勝手に「ギャフン」となるのです。
本当の勝利とは
戦わずして勝つとは、相手を倒すことではありません。
自分自身の平和を取り戻すことです。
相手がどうであれ、自分は凛として幸せでいる。
それができたとき、相手は静かに敗北を認めるのです。
あなたは今、誰に「ギャフン」と言わせたいですか?
でも本当に大切なのは、あなた自身が笑顔を取り戻すことかもしれません。夏も終わりに近づきましたが、まだまだ暑い日が続きますね。
夏は、テレビでは幽霊番組、街では肝試しやお化け屋敷が人気になります。
さらにお盆を過ぎた頃から、僕のところにも──
「不思議な体験をした」
「亡くなった方が夢に出てきた」
そんなご相談が増えました。
そこで今日は、少し「霊」についてお話したいと思います。
僕は「神社(かんじゃ)」という珍しい家系に生まれ、幼い頃から霊を見ることが当たり前の環境で育ちました。
でも、それは“特別な力”ではなく、むしろ負担の方が多かった。
正直に言えば──
霊が見えて得をしたことなんて一度もない。
20年前のスピリチュアルブームでは、霊能者が特別視されることもありました。
若かった僕も、正直チヤホヤされて調子に乗っていた時期もありました。
でも、今思えば未熟で、勘違いだったと思います。
霊とは「未練」や「後悔」「伝えたいこと」があるだけの存在。
だから、本来は怖がる必要なんてないんです。
なのに肝試しや心霊スポット巡りで「キャー!お化け!」なんて言われたら…
あなたが霊の立場なら、どう感じるでしょうか?
馬鹿にされたり、お化け呼ばわりされたら、怒って当然です。
僕はむしろ、そんな風に人を面白がる方が怖くて、悪質だとすら思います。
もし、
「霊に憑かれた?」
と感じた時は、心配はいりません。
多くの場合は「気のせい」です。
それよりも大切なのは、
つまり 元気でいることこそ最大の浄化法 なんです。
逆に「霊のせいだ」と思い込むことの方が問題。
波動が落ちれば落ちるほど、ネガティブなものを引き寄せやすくなりますから。
僕は相談を受ける時、勝手に「霊がついてますよ」なんて言いません。
必ず本人と霊、両方の同意を得てから関わります。
だから、もし「あなたの後ろに霊がいます」と怖がらせてくる人がいたら、要注意です。
本物の霊能者は──
✨ 人を怖がらせない
✨ 安心させる
✨ クライアントも霊も、両方が笑顔になれるように導く
これが基本です。
霊を“お化け”と捉えるのではなく、
「伝えたいことがある存在」
と理解してください。
大切なのは、こちらが 元気で笑顔で生きること。
それが霊に対する最大の供養であり、自分を守る力になります。
もし心配なことがあれば、YouTubeでも「浄霊」の方法を紹介していますので、そちらもぜひご覧ください。
📩 メルマガ「神社の手紙」では、毎週あなたの心が軽くなる智恵をお届けしています。
ぜひ、読者登録をして受け取ってくださいね。
父が亡くなってから、ちょうど30年が経ちました。
そして今年は、僕が父と同じ47歳になった特別な年です。
17歳の夏。
家族で出かけた海で、目の前で父が亡くなりました。
前夜から、不思議な“予感”がありました。
——それでも変えられなかった運命。
長い間、後悔と罪悪感を抱え続けてきましたが、47歳になった今、ようやくその想いは「ありがとう」に変わっています。
あの頃の自分を許し、父への感謝が胸いっぱいに広がるまでに、30年かかりました。
このラジオでは、父の命日に思い返した出来事や、その時の心の揺れ、そして年月を経て気づいた「感謝の形」についてお話ししています。
大切な人を思い出す日が、少しでも温かい日に変わりますように——
そんな願いを込めて。
父が亡くなった歳と同じ47歳。
カウンセラーとして独立して、ちょうど10年。
いろんな想いがめぐる、そんな節目の朝。
いつも通り玄関を開けたら、
そこにいたのは――
……カエルでした。
しかも、かなり大きい。
15センチはあったと思います。
ここは、都内のマンションの上層階。
なぜ?どうやって?
一瞬、現実なのか夢なのかわからないくらい、
不思議な光景でした。
でも、なぜか怖くなかった。
むしろ、その目と目が合った瞬間、
「何か言いたげだな」と感じたんです。
カエルは、古来より縁起物として知られています。
「無事にかえる」
「福がかえる」
「金運がかえる」
「縁がかえる」
さらに、
“生まれ変わり”“再生”“変化の象徴”
とも言われています。
誕生日の翌朝に、突然現れたこのカエル。
もしかしたら、ただの偶然じゃなくて、
人生の折り返し地点に立った僕への
何かのメッセージなのかもしれません。
「変わることを恐れるな」
「過去も未来も、まるごと引き受けて前へ進め」
「もう、守られているから大丈夫」
そんな声が、聞こえたような気がしました。
いま、あなたの目の前に現れたもの、
ふと心に引っかかった出来事にも、
実は深い意味があるのかもしれません。
「ただのカエル」と笑い飛ばすには、
あまりに静かで、あたたかい出会いでした。本日、7月31日。
47歳の誕生日を迎えました。
いつも見守ってくださる皆さまへ、心から感謝を込めてご挨拶させてください。
実はこの「47歳」という年齢は、僕にとってとても特別な意味があります。
というのも――
僕の父が人生の幕を閉じたのが、まさに47歳だったのです。
だからこそ、今日は単なる誕生日ではなく、
「ここから先を、父のぶんまで生きていく」
そんな新たな人生の扉が開く日でもあります。
20歳でクローン病を患い、
8度の手術と4年の絶食を乗り越えた僕にとって、
こうして47歳の朝を迎えられていることは、決して当たり前ではありません。
いま生きているこの時間は、
もう一度与えられた「延長戦」のようなものだと思っています。
だからこそ、ここからは――
やらなかった後悔ではなく、
やってみた誇りを選んでいきたい。
この10年、
僕は「神社昌弘相談室」として独立し、
たくさんの方と出会い、支えていただきながら歩んできました。
この道のりがあったからこそ、
いまの自分があります。
そんな感謝の気持ちを込めて――
実は、今日のこの誕生日に合わせて、
ずっと温めていた「あること」を、少しずつ動かし始めました。
本当は、ずっとやりたかったこと。
でも、ずっと怖くてできなかったこと。
誰にも言えず、心の奥でしまっていた想いに、
ようやく「形」を与えようとしています。
まだ詳しくは言えませんが、
今日という節目に「一歩踏み出す決意」をしたことだけ、
ここでそっとお伝えしておきます。
「自分を生きる」ということ…
それは簡単ではないし、何度も迷ってしまうけれど、
それでも――僕は、自分を信じてみたい。
これからの一歩が、
誰かの光になりますように。
そして、自分の人生をもっと愛せますように。
そんな想いをこめて、
今日からまた、新しい一年を歩み出します。
どうか、これからの僕も、見守っていてくださいね。