魚が食べられないまま、水産学部に進学した人間は、たぶん僕くらいだと思う。
信じられないかもしれないけど、
僕は、大学生になるまで「魚」が食べられなかった。
理由は、可哀想だったから。
ほんと、馬鹿みたいでしょう。
でも、冗談でもキャラ作りでもなく、マジで、本気の話です。

僕は近畿大学の水産学科で、魚の研究をしていました。
魚が大好きで、幼少期から水槽が9つ。
庭には池を掘って、魚を飼っていた。
とにかく、魚が好きすぎた。
だから、食べられなかった。
嘘みたいだけど、本当の話です。
大学に進学して、魚の専門的な勉強が始まった頃。
ある日、教授が何気なく言いました。
「まさか、この中で魚が食べられない人はいないよね?」
その瞬間、ドキッとしました。
あ、これ、言えないやつだ、と。
それからです。
勇気を出して、少しずつ、食べるようになりました。
今では、普通に食べられます。
刺身も焼き魚も、何なら好きです。
でも、今振り返ると、
僕は、かなり変わっていたんだと思います。
自分では気づいていなかったけど、
今思えば、相当、変。
この魚のエピソードだけじゃありません。
「え?」と言われるような話は、
まだまだあります。
実は、
水産学科を卒業したあと、
僕はまったく別の道を歩きました。
難病になり、
何度も手術をし、
4年間ほとんど食べられない生活を経験し、
イギリスに渡り、スピリチュアルやサイキックサイエンスを学び、
今はカウンセラーとして、心の相談を仕事にしています。
水産学部出身で、
スピリチュアルも扱うカウンセラー。
やっぱり、変ですよね。
でも、不思議なことに、
僕はずっと、周りに認められてきました。
「そのままでいい」
「あなたらしいね」
「変わってるけど、そこがいい」
そう言ってくれる人が、必ずそばにいた。
どんなことをしても、
どんな選択をしても、
僕は直されなかった。
「それ、おかしいからやめなさい」
「普通はこうでしょ」
そう言われ続けていたら、
たぶん、今の僕はいません。
変でもいい。
むしろ、変なのがその人の個性で、その人。
そうやって、
許されて、認められてきた。
それは、本当に素晴らしい家族や仲間、友人に恵まれてきたからだと思っています。
大事なことがひとつあります。
人は、
誰かに言われて、本当の意味で変われるものじゃない。
変わるとしたら、
自分で「変わろう」と思った時だけです。
僕が魚を食べるようになったのも、
カウンセラーになると決めたのも、
イギリスに渡ると決めたのも、
誰かに直されたからじゃない。
自分で、必要だと感じたから。
変でもいい。
不器用でも、ズレていてもいい。
でも、もし今、
その自分がなんとか幸せに生きられているなら。
それは、
周りのおかげです。
認めてくれた人がいて、
許してくれた人がいて、
愛してくれた人がいたから。
だから、お願いがあります。
あなたが何を選んでも、
何を始めても、
何に惹かれても。
「それ、いいね」と言ってくれる人を、
どうか大切にしてください。
そして、自分の中の
「これがやりたい」という小さな声を、
簡単に裏切らないでください。
自分を直さなくても生きられた人は、
きっと誰かに、ちゃんと守られてきた人です。
そして今度は、
あなたがあなた自身を守る番なのかもしれません。