カウンセラーという仕事をしていると、
よく言われます。
「神社さんは、いつも落ち着いていますよね」
「ブレないですよね」
「癒す側の人ですよね」
たしかにそう見えるのだと思います。
実際、目の前の人の話を聴くとき、
僕はとても冷静です。
でも今日は、
あまり表に出してこなかった話をします。
僕自身が、いちばん癒されていなかった頃の話です。

昔の僕は、
「癒す側でいなければいけない」と思っていました。
そうでなければ、
人の前に立ってはいけない。
相談に乗ってはいけない。
そんな、
誰に言われたわけでもないルールを、
自分に課していました。
だから、つらくても、
悲しくても、
腹が立っても、
「まあ、大丈夫」
「学びだよね」
「意味があるよね」
そうやって、
感情を“理解”に変換してきた。
今思えば、
かなり器用な逃げ方です。
あるとき、
もう何年も通ってくれているクライアントさんの前で、
ふいに、言葉が詰まりました。
いつものようにアドバイスしようとして、
でも、声が出なかった。
代わりに出てきたのは、
涙でした。
自分でも驚きました。
「え、ここで?」
というタイミング。
その瞬間、
その方がこう言ったんです。
「神社さんも、人なんですね」
その一言で、
肩の力が一気に抜けました。
癒す側である前に、
生きている人間だった。
感じていい存在だった。
それを、
僕はどこかで忘れていた。
それから少しずつ、
やり方を変えました。
無理に整えない。
わからないものは、わからないと言う。
腹が立ったら、
「今、正直しんどい」と認める。
すると、不思議なことが起きました。
クライアントさんが、
前よりも本音を話してくれるようになったんです。
以前より、
ずっと深いところの話を。
そのとき、はっきりわかりました。
人を癒すのは、整った言葉ではない。
生きている実感だ。
ちゃんと迷って、
ちゃんと傷ついて、
それでも生きている姿。
それを隠さなくなったとき、
言葉は、勝手に届くようになる。
今も、
完璧なカウンセラーではありません。
調子が悪い日もある。
腹が立つこともある。
弱くなることもある。
でも、
それをなかったことにしない。
「そういう日もある人間です」
と、ちゃんと自分に言う。
それができるようになってから、
人生はずいぶん楽になりました。
もし、この記事を読んでいるあなたが、
「ちゃんとしなきゃ」
「強くいなきゃ」
「癒す側でいなきゃ」
そうやって、
自分を後回しにしているなら。
一度だけ、
その役割を下ろしてみてください。
癒す前に、
生きていい。
支える前に、
感じていい。
それを許したとき、
人は不思議なほど、
自然に人を支えられるようになります。

追伸
この文章は、
誰かを励ますために書いたものではありません。
昔の自分に向けて書きました。
でも、もしあなたにも
何かが重なったなら、
それは偶然ではないと思っています。