東京・池袋・オンライン
 

心の処方箋

恋愛、人生、心について

日々noteで発信しています。

 

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本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/06/27

人生には、

どう頑張っても
元には戻らない出来事があります。

 

病気も、
別れも、
老いも、
介護もそうです。

 

僕たちは何か問題が起きると、

まず、元に戻ろうとします。

 

昔の自分に

昔の暮らしに

昔の家族に

昔の体に。

 

でも時々、
人生は残酷です。

 

どれだけ願っても、
元には戻らないことがあります。

 

僕自身、
20歳の時にクローン病になりました。

 

それまで当たり前だったことが、
次々にできなくなりました。

 

食事

外出

仕事

 

将来の計画

 

そして何より、

「普通の人生」

 

それが一番苦しかった気がします。

 

当時の僕は、

 

「どうすれば治るのか?」

「どうすれば元に戻れるのか?」

 

そればかり考えていました。

 

「治ったら幸せになろう!」

「元気になったら人生を始めよう!」

 

そう思っていました。

 

でもある日、
ふと気づいたのです。

 

もし元に戻る日を待ち続けたら、

人生そのものが
終わってしまうかもしれない、と。

 

そこで目標を変えました。

 

完治ではなく、

今日を生きること!

 

元に戻ることではなく、

今の自分で生きること!

 

誤解してほしくないのですが、

諦めたわけではありません。

 

投げ出したわけでもありません。

 

むしろ逆でした。

現実を受け入れたのです。

 

できないことはある。

前と同じにはいかない。

 

 

それでも生きていく。

それでも幸せになる。

 

 

その覚悟を決めました。

 

すると不思議なことに、

人生が少しずつ動き始めました。

 

病気は消えていなくても、

笑う日は増えました。

 

できないことはあっても、

できることも見えてきました。

 

失ったものばかり見ていた視線が、

残っているものへ向くようになりました。

 

カウンセリングをしていると、

 

多くの人が

「元に戻りたい」

と苦しんでいます。

 

若かった頃の自分に

仲が良かった頃の夫婦に

元気だった親に

病気になる前の体に。

 

でも人生は、

必ずしも元に戻ることが
ゴールではありません。

 

人生は、

元に戻すものではなく

 

整え直すもの。

作り直すもの。

 

そう考えられるようになると、

少し呼吸が楽になります。

 

もし今、

思い通りにならない現実の中で
苦しんでいるなら。

 

無理に前の自分を探さなくて

大丈夫です。

 

元に戻れなくても

大丈夫です。

 

あなたはもう十分、
頑張っています。

 

だから次は、

「どう戻るか」ではなく、

「ここからどう生きるか」

を考えてみてください。

 

人生は意外と、

そこからもう一度動き始めます。


2026/06/26

人は時々、

欲を悪いものだと思います。

 

我慢できる人が立派。

欲張らない人が偉い。

 

そんな空気もあります。

 

でも最近、

僕は少し違う気がしています。

 

20歳の頃、

僕はクローン病でほとんど食べられなくなりました。

 

・食べれば苦しい

・食べれば下痢する

・食べれば悪化する

 

そんな日々が続きました。

 

だから、

「何が食べたい?」

 

と聞かれても、

答えないようになりました。

 

本当は食べたいものがありました。

 

焼肉も。

ラーメンも。

お寿司も。

旅行先の名物も。

 

みんなが当たり前に楽しんでいることが、

羨ましくて仕方ありませんでした。

 

でも、

欲しいと思うほど苦しくなる。

 

だから、

欲しくないことにしたのです。

 

「別に興味ないし。」

そんなふうに。

 

今思えば、

それは食べ物だけではありませんでした。

 

やりたいこと。

行きたい場所。

会いたい人。

 

本当は欲しいもの。

本当は叶えたいこと。

 

手が届かないかもしれない。

失うかもしれない。

傷つくかもしれない。

 

だから、

欲しくないことにする。

 

僕たちは案外、

そんなことをしています。

 

カウンセリングでも、

よく出会います。

 

本当は旅行に行きたい人。

本当は仕事を変えたい人。

本当は離れたい人。

本当は挑戦したい人。

 

でも、

「別にいいです」

と言う。

 

その言葉の奥に、

たくさんの諦めがあります。

 

もちろん、

我慢が必要な時もあります。

 

現実を見ることも大切です。

 

でも、

欲まで失わなくていい。

 

そう思うのです。

 

最近の僕は、

食べたいものを食べます。

 

行きたい店へ行きます。

 

「美味しいね」

と言いながら食べる時間を楽しみます。



 

すると不思議なことに、

ただ食事をしているだけなのに、

生きている感じがするのです。

 

だから今は思います。

 

「食べたい」

は、ただの食欲ではなかった。

 

生きたい!

楽しみたい!

味わいたい!

誰かと笑いたい!

 

そんな命の声だったのだと。

 

もし今、

あなたにも、

ずっと諦めているものがあるなら。

 

それは本当に、

いらないものでしょうか。

 

それとも、

傷つかないために、

欲しくないことにしているだけでしょうか。

 

食べたい。

会いたい。

行きたい。

やってみたい。

 

その気持ちは、

わがままではありません。

 

生きる力です!!!

 

そして、

その小さな欲は、

あなたの人生をもう一度動かしてくれるかもしれません。

 

だから今日は、

少しだけ自分に聞いてみてください。

 

本当は、

何が食べたいですか?

 

本当は、

どう生きたいですか?


2026/06/24

「悪霊がついている気がします」

 

カウンセリングをしていると、

時々そんな相談を受けることがあります。

 

何をやってもうまくいかない。

気分が重い。

体調が優れない。

人間関係もぎくしゃくする。

 

すると、

 

「何か悪いものが憑いているのではないか」

 

そう考えたくなることがあります。

 

僕は、目に見えない世界を完全に否定するつもりはありません。

 

実際に、僕自身も長年スピリチュアルの世界を学び、

見えない存在との関わりについて探究してきました。

 

しかし、これまで3万件以上の相談を受けてきた中で感じることがあります。

 

それは、

 

多くの場合、

その人を苦しめているのは悪霊ではなく、

不安だということです。

 

不安が強くなると、

世界は違って見えます。

 

風で木の葉が揺れただけなのに、

誰かがいる気がする。

 

たまたま続いた不運を、

悪い存在のせいだと思ってしまう。

 

夜になると、

昼間には気にならなかったことまで怖く感じる。

 

人は、自分が信じているものを探し始める生き物です。

 

不安を信じれば、

不安の証拠を集めます。

 

安心を信じれば、

安心できる理由を見つけます。

 

もちろん、

生きていれば不安になることはあります。

 

将来のこと。

お金のこと。

健康のこと。

家族のこと。

 

誰だって心配になります。

 

だからこそ大切なのは、

 

「何を信じるか」

 

です。

 

不安があることと、

不安を信じ続けることは違います。

 

少しずつでいい。

 

「大丈夫」

「なんとかなる」

 

そんな考え方を練習してみてください。

 

もし一人では難しいなら、

 

「大丈夫だよ」

「なんとかなるよ」

 

そう言ってくれる人をそばに置いてください。

 

性格はすぐには変わりません。

 

でも、考え方の癖は少しずつ整えることができます。

 

不安を信じる人生から、

安心を信じる人生へと。

 

人生は、その小さな選択から静かに変わり始めるのだと思います。




2026/06/23

「そっちに行くと危ないよ」

そう伝えても、

行きたい人がいます。


そして案の定、

傷ついて帰ってくる。


カウンセリングを20年以上続け、

30,000件以上の相談を受けていると、

「このまま行くと、たぶんこうなるだろうな」

と予測できることがあります。


以前の僕は、

「どうして忠告を聞かないのだろう」

と思っていました。


でも今は違います。


人は、

正しいから行動するわけではありません。


やりたいから動くことがあります!


たとえ失敗すると分かっていても、

自分で確かめたくなることがあります。


それが人間です。




だから、

失敗すること自体は悪いことではありません。


失敗の中でしか学べないこともあります。


ただ、

40代、50代になっても、


同じことで苦しみ続けているなら、

少しだけ立ち止まってみてもいいのかもしれません。


これまでと同じ考え方。

これまでと同じ選び方。


その延長線上には、

やはり同じ結果が待っていることが多いからです。


人生を変えるために、

大きな決断は必要ありません。


信頼できる人の言葉を、

一度だけ試してみる。


いつもと違う選択を、

ひとつだけしてみる。


人生が動き始める時は、

そんな小さな変化から始まることがあります。


整えることは、

自分を否定することではありません。


これまでの自分を認めながら、

未来のために選び直していくこと。


人生の再出発は、

いつもそこから始まるのだと思います。

2026/06/22

20歳でクローン病になった頃、

母はよく言っていました。

 

「私が代われたらいいのに」

「代わってあげたい」

 

息子が苦しんでいる姿を見るのは、
つらかったのでしょう。

 

母らしい言葉だなと思います。

優しい人でしたから。

 

でも、
どれだけ母がそう願っても、

僕の病気が治ることはありませんでした。

 

僕が痛い時は、
僕が痛い。

僕が苦しい時は、
僕が苦しい。

 

当たり前のことですが、


誰かが代わることはできませんでした。

 

カウンセリングをしていると、

 

時々、
同じような優しさに出会います。

 

子どものことで悩むお母さん。

夫のことで苦しむ奥さん。

親の介護をしている娘さん。

 

みんな本当に優しい。

 

だからこそ、

気づけば、
相手の人生まで背負おうとしてしまうのです。

 

私が何とかしなきゃ。

私が頑張らなきゃ。

私が我慢すればいい。

 

そう思う。

 

でも、
人にはそれぞれ、

 

自分で越えるしかない坂があります。

自分で学ぶしかないことがあります。

自分で歩くしかない人生があります。

 

見守ることは難しい。

手を出したくなるし、
助けたくなる。

 

愛しているなら、
なおさらです。

 

でも本当は、

相手の荷物を持つことより、

 

「この人はきっと大丈夫」

 

そう信じることの方が、


ずっと勇気がいるのかもしれません。

 

そしてもうひとつ。

 

人のことばかり考えている人ほど、

自分のことを忘れます。

 

ちゃんと眠れていますか?

ちゃんと休めていますか?

ちゃんと笑えていますか?

 

母の言葉を思い出すたびに、


今でも胸が温かくなります。

 

そして同時に思うのです。

 

愛することと、
代わりに苦しむことは違う。

 

大切な人を信じること。

そして、


自分のことも大切にすること。

 

その両方があって、


はじめて優しさになるのかもしれません。


2026/06/20

人は、とても傷ついた時、

相手を許せなくなることがあります。

 

「どうしてあんなことをされたのだろう」

「同じ苦しみを味わってほしい」

「消えてしまえばいいのに」

 

そんな思いが心に浮かぶこともあるでしょう。



 

カウンセリングでも、

そうしたお気持ちを伺うことがあります。

 

僕は、

その気持ちを否定しません。

 

なぜなら、本当に深く傷ついた時、

人の心はきれいごとだけでは済まないからです。

 

むしろ優しい人ほど、

 

「こんなことを思う自分はダメだ」

 

と、自分を責めてしまいます。

 

けれど怒りは、

心からの大切なサインでもあります。

 

その奥には、

 

「苦しかった」

「悲しかった」

「本当は嫌だった」

 

そんな言葉にならなかった思いが隠れています。

 

だからまずは、

怒りを消そうとする前に、

 

それほど傷ついた自分を認めてあげてほしいのです。

 

そして長年、多くの方のお話を伺ってきて感じることがあります。

 

それは、

 

復讐を果たした人よりも、

自分の人生を取り戻した人の方が、

結果として楽になっているということです。

 

  • 美味しいものを食べる
  • 好きな人と笑う
  • 安心して眠る

 

そんな時間が少しずつ増えていくと、


不思議なことに、

相手のことを考える時間は減っていきます。

 

許したわけではないかもしれません。

忘れたわけでもないでしょう。

 

ただ、

自分の人生を生き始めただけなのです。

 

怒りを無理に消そうとしなくて大丈夫です。

 

その代わり、

怒りよりも大きな幸せを育てていく。

 

それが、

人生を立て直していく一つの方法なのかもしれません。

 

誰かに奪われた時間ではなく、

これからの自分の時間を大切にするために。

 

少しずつでも、

自分の人生へ戻ってきてください。


2026/06/19

カウンセリングをしていると、

 

「家族にどうしてもわかってもらえないんです」

 

というご相談をいただくことがあります。

 

親に

夫に

妻に

子どもに。

 

本当は責めたいわけではありません。

 

ただ、

少しだけわかってほしい。

 

頑張っていること

苦しいこと

寂しいこと。

 

それだけなのです。

 

けれど、

家族ほど伝わらないことがあります。

 

なぜなら、

家族ほど期待しているからです。

 

「家族なんだから、きっとわかってくれる」

 

その思いが強いほど、

伝わらなかった時の悲しみも大きくなります。

 

長年カウンセリングをしていて感じるのは、

 

家族の多くは、

相手を傷つけたいわけではないということです。

 

むしろ、

 

「私のこともわかってほしい」

 

と思っている。

 

お互いが理解されたいと思っているから、

ぶつかってしまうのです。

 

だから僕は、

 

「全部わかってもらおうとしない」

 

ことをおすすめしています。

 

諦めるのではありません。

 

少し伝われば十分。

半分伝われば上出来。

 

そう思えるだけで、

心はずいぶん軽くなります。

 

そしてもう一つ。

 

家族以外にも、

安心して話せる場所を持つこと。

 

友人でも

趣味でも

カウンセラーでも。

 

家族だけに理解を求めなくなると、

人は少し自由になります。

 

家族だからこそ、

わかり合えないこともある。

 

でも、

 

全部わからなくても、

つながっていられる関係もある。

 

僕はそう思っています。




2026/06/18

本日、

17年前にお世話になった東洋出版を訪問してきました。

 

僕の初めての著書、

あなたにしか起こせない奇跡

を出版してくださった出版社です。



 

当時の僕は、

まだカウンセラーとして独立する前でした。

 

クローン病という大きな病気を経験し、

自分自身の生き方を模索していた頃です。

 

まさかその後、

 

カウンセラーとして独立し、

3万人以上のご相談をお受けし、

13冊の本を出版し、


日本医師会賞をいただくことになるとは!?

 

想像もしていませんでした。

 

人生は本当にわからないものです。

 

今回の訪問では、

社長や編集長があたたかく迎えてくださり、

近況報告やこれからの活動についてお話しすることができました。

 

17年という年月を感じさせないほど、

終始笑いの絶えない時間でした。

 

帰り道、ふと思いました。

 

人は前へ進むことばかり考えがちですが、

時には原点に帰ることも大切なのだと。

 

僕にとって東洋出版は、

作家としての原点です。

 

あの時、一冊の本を出版できたこと。

それをきっかけに多くの方と出会えたこと。

そして今もこうして活動を続けられていること。

 

改めて振り返ると、

決して当たり前のことではありません。

 

人生は、

大きな成功によって変わるのではなく、

 

一冊の本。

一人の恩人。

ひとつの出会い。

 

そんな小さなご縁の積み重ねによって、

少しずつ形づくられていくのだと思います。

 

だからこそ、

僕はご縁を大切にしたい。

 

過去を大切にしたい。

 

そして、

これから出会う方々とのご縁も、

丁寧に育てていきたいと思っています。

 

17年ぶりの訪問は、

懐かしい再会であると同時に、

 

「これから」を考える大切な時間にもなりました。

 

あらためて、

東洋出版の皆さまに心より感謝申し上げます。

 

ありがとうございました。


2026/06/17

プレゼントをもらった時。

 

本当はうれしいはずなのに、

なぜか落ち着かなくなることがあります。

 

「何を返そう。」

 

そんなことを考え始めてしまうのです。

 

昔の僕もそうでした。

 

いただいたら返す。

助けてもらったら返す。

 

それが礼儀であり、

大人として当たり前のことだと思っていました。

 

もちろん、

感謝を形にすることは素敵なことです。

 

でも、ある時ふと思いました。

 

僕は、

 

「ありがとう」


より先に、


「どう返そう」

 

を考えているのではないか、と。

 

もし自分が誰かにプレゼントを渡した時、

本当に欲しいものは何でしょう。

 

高価なお返しでしょうか。

 

たぶん違います。

 

喜んでくれたらうれしい。

笑顔になってくれたらうれしい。

 

それだけだったりします。

 

だから最近は、

お返しを考える前に、

 

「ありがとうございます」

 

をそのまま受け取る練習をしています。

 

受け取ることは、

甘えではありません。

 

相手の気持ちを信頼すること。

 

そんな見方もあるのかもしれません。

 

頑張りすぎる人ほど、

与えることは得意です。

 

でも、

受け取ることは少し苦手だったりします。

 

もし今日、

誰かから親切や優しさを受け取ったなら、

 

急いで返そうとしなくても大丈夫。

 

まずは、

 

「ありがとう」

 

をゆっくり味わってみませんか。




2026/06/15

カウンセリングをしていると、

驚くことがあります。

 

みんな、

本当によく我慢しているのです。

 

家族のため

職場のため

子供のため

親のため

 

気づけば、

自分のことはいつも最後。

 

食事も適当

睡眠も後回し

 

着たい服より、

無難な服

 

行きたい場所より、

みんなの都合


500円のケーキすら買えない。


 

そんな毎日を続けながら、

 

「もっと幸せになりたい」

 

と思っている人が少なくありません。

 

もちろん、

人を大切にすることは素敵なことです。

 

優しい人ほど、

誰かを優先できます。

 

でも、

 

自分を犠牲にすることと、

人を大切にすることは違います。

 

むしろ、

自分が空っぽなのに、

 

誰かを幸せにし続けることは

難しいのです。

 

よく飛行機で、

 

「まずご自身に酸素マスクを装着してください」

 

と案内があります。

 

あれは、

自分勝手になりましょう、

という意味ではありません。

 

まず自分が呼吸できなければ、

誰も助けられないからです。

 

人生も少し似ています。

 

自分が疲れ切っているのに、

誰かを支え続けようとすると、

どこかで無理が出ます。

 

だから、

美味しいものを食べる。

 

よく眠る

心地よい服を着る

好きな場所へ行く

 

嫌なことには

ちゃんと「嫌」と言う!

 

そんなことを、

もっと大切にしていいのです。

 

僕たちは小さい頃から、

 

我慢しなさい!

遠慮しなさい!

迷惑をかけるな!

 

そんな言葉をたくさん聞いて育ちました。

 

その教えが役立つ場面もあります。

 

でも、

 

我慢ばかりの人生になってしまうなら、

少し見直してもいいのかもしれません。

 

親だから

夫だから

妻だから

友達だから

 

そんな理由で、

本音を飲み込み続ける必要はありません。

 

少しずつでいいのです。

 

自分の気持ちを伝える練習をする。

 

難しいなら、

少し距離を置く。

 

それも立派な自分を大切にする行為です。


2026/06/13

カウンセリングをしていると、

「どちらを選べば正解ですか?」

という質問をいただくことがあります。

 

  • 転職するべきか
  • 今の仕事を続けるべきか
  • 離婚するべきか
  • このまま頑張るべきか

 

人生には選択の連続があります。


そして私たちは、

できるだけ失敗したくありません。


傷つきたくありません。

遠回りもしたくありません。


だから、

つい正解を探してしまいます。


けれど長年、

多くの方のお話を聞いてきて思うのです。


人生は、

正解を選ぶことでうまくいくわけではありません。


むしろ、

選んだ道を、

自分で育てていくことで人生は形になっていきます。


結婚も。

仕事も。

人間関係も。


最初から完璧だったものは、

ほとんどありません。


迷いながら。

悩みながら。

時には失敗しながら。


少しずつ自分の人生にしていくのです。


だから本当に大切なのは、

「どちらが正解か」

ではなく、

「私はどう生きたいのか」

なのかもしれません。


人生には模範解答がありません。


だから不安になります。


でも同時に、

誰かの答えではなく、

自分だけの答えを作ることもできます。


もし今、

何かの選択で迷っているなら、

正解探しを少し休んでみてください。


そして、

「私はどうしたい?」

そう自分に問いかけてみてください。


人生は、

正解を当てるゲームではなく、

自分の人生を生きる旅なのです。

2026/06/12

昔の僕は、

人生は変えるものだと思っていました。

 

もっと頑張ればいい。

もっと前向きになればいい。

もっと成長すればいい。

 

そうやって努力を重ねれば、

人生は良くなると信じていたのです。



 

しかし20歳の時、

クローン病を発症しました。

 

8回の手術。

4年間に及ぶ絶食生活。

 

思い描いていた人生とは、

まったく違う現実でした。

 

その頃の僕は、

必死に人生を変えようとしていました。

 

  • どうしたら治るのか。
  • どうしたら元の自分に戻れるのか。
  • どうしたら普通に生きられるのか。

 

毎日そんなことばかり考えていました。

 

けれど振り返ると、

「変わろう」としている時ほど、

心は苦しかったように思います。

 

そんなある日、

ひとつのことに気づきました。

 

人生は変える前に、

整えることが必要なのではないか。

 

生活を整える。

食事を整える。

睡眠を整える。

人間関係を整える。

 

できることを、

ひとつずつ整えていく。

 

すると人生は劇的には変わりません。

 

けれど、

少しずつ流れが変わり始めます。

 

気づけば病気は寛解し、

今では3万件を超えるご相談をお受けするまでになりました。

 

カウンセリングを通して確信していることがあります。

 

人は、

変わろうとして変わるのではなく、

整うことで自然に変わっていく。

 

だから僕は、

誰かの人生を変えようとは思いません。

 

その人が安心して生きられるように。

本来の自分を取り戻せるように。

 

そのためのお手伝いをしています。

 

整えることは、生き直すこと。

 

それが僕の活動の原点です。


2026/06/11

先日のカウンセリングで、

ある方が何度もこう言いました。


「私が悪かったんです」


ご主人とのこと。

職場のこと。

お母さんとのこと。


話を聞いていると、

どう考えても全部がその方の責任ではありません。


それでも、

「私がもっと頑張ればよかったんです」

「私が我慢すればよかったんです」

そう言われるのです。




僕は長年カウンセリングをしていますが、

優しい人ほど、自分を責めるのが上手です。


そして不思議なことに、

本当に人を困らせている人ほど、

あまり自分を責めません。


だから時々思うのです。


優しい人は、

反省が得意すぎるのだと。


誰かが不機嫌でも、

自分のせい。


人間関係がうまくいかなくても、

自分のせい。


期待に応えられなくても、

自分のせい。


いつの間にか、

人生の責任を一人で背負ってしまうのです。


でも、

そのクセには理由があります。


子どもの頃から、

空気を読むこと。


迷惑をかけないこと。

怒られたら謝ること。


そうやって生きてきた人は、


自分を守るために

「私が悪い」

という考え方を身につけました。


だから責める必要はありません。


それは弱さではなく、

生きるために覚えた知恵だったからです。


ただ、

大人になった今は、

そのルールをずっと使い続けなくてもいい。


本当に悪かった時は謝る。

でも、

悪くない時まで謝らない。


それもまた、

大人の選択です。


もし今日、


「私が悪いんだ」

そう思う出来事があったなら、

一度だけ立ち止まってみてください。


そして自分に聞いてみるのです。

「本当にそうかな?」


もしかしたら、

悪いのはあなたではなく、

長年がんばってきた心のクセなのかもしれません。


整えることは、生き直すこと!


自分を責めるのが上手な人ほど、

これからは自分を許す練習もしていきましょう。

2026/06/10

羽田空港で、飛行機を待っていました。


空港には不思議な空気があります。


出発する人。

帰る人。

誰かを迎える人。


みんなそれぞれ目的地が違うのに、

搭乗口では静かに順番を待っています。


その光景を眺めながら、

ふと思ったことがありました。


飛行機は遅れると、

必ずアナウンスがあります。


「出発が30分遅れます」

「機材到着の遅れにより、出発時刻を変更いたします」


理由もわかる。

どれくらい待てばいいのかもわかる。


だから安心できます。


でも人生は違います。


転職したいのに決まらない。

結婚したいのに出会えない。

病気がなかなか良くならない。

頑張っているのに成果が出ない。


そんな時、

私たちは不安になります。


なぜなら、

人生には搭乗案内がないからです。


あとどれくらい待てばいいのか。

本当に順番は来るのか。

今のままで合っているのか。


誰も教えてくれません。


だから焦る。


そして、

つい周りを見てしまいます。


「あの人はもう飛び立ったのに」

「どうして私はまだここなんだろう」


そんな気持ちになることもあります。


でも、20年以上カウンセリングを続けてきて感じることがあります。


人生には、

その人にしかないタイミングがあるということです。


長い間、

何も変わらなかった人が、


ある日を境に、

驚くほど人生が動き出すことがあります。


新しいご縁。

思いがけない仕事。

人生を変える出会い。


それまで何年も止まっていたように見えたものが、

一気につながることも少なくありません。


まるで空港で名前を呼ばれるように、

人生にも、

「今ですよ」というタイミングがあるように思うのです。


だから今、

思うように進まなくても大丈夫です。


もしかしたら、

遅れているのではなく、

まだ呼ばれていないだけなのかもしれません。


焦る日もあるでしょう。

不安になる日もあるでしょう。


そんな日は、

空港の待合席に座るような気持ちで、

少し肩の力を抜いてみてください。


飛行機も人生も、

飛び立つ前には、

待つ時間があります。


その時間は、

何も起きていないように見えて、

実は次の旅の準備が進んでいる時間なのかもしれません。


今日も、

あなたのペースで。

2026/06/09

大人になると、

学生たちの姿を見て、

なぜか胸がきゅっとすることがあります。

 

楽しそうだから

自由そうだから

未来があるから

 

もちろん、それもあるのかもしれません。

 

でも、本当は少し違う気がしています。



 

先日、学生オーケストラの演奏会へ足を運びました。

 

演奏はとても素晴らしく、

会場にはまっすぐなエネルギーが溢れていました。

 

「音楽が好き」

 

その気持ちが、そのまま音になっているようでした。

 

演奏を聴きながら、ふと思ったのです。

 

青春がまぶしく見えるのは、

若さが羨ましいからではないのかもしれない。

 

本当は、あの頃の自分が持っていたものを、

どこかに置いてきてしまった気がするからなのではないかと。

 

大人になると、

やらなければならないことが増えていきます。

 

仕事

家事

子育て

介護

人間関係

責任

 

毎日を回していくだけで精一杯になることもあります。

 

気づけば、

「好きだからやる」


よりも、

「やらなければならないからやる」

 

ことの方が増えている。

 

すると少しずつ、

無邪気さや好奇心は後回しになっていきます。

 

だから学生たちを見ていると、

羨ましいのではなく、

忘れていたものを思い出すのです。

 

好きなことに夢中になっていた自分。

失敗しても挑戦していた自分。

心が動くままに生きていた頃の自分。

 

でも、安心してください。

 

それは失ったわけではありません。

 

ただ、毎日の忙しさの中で

見えなくなっていただけです。

 

人は何歳になっても、

 

好きな花を買うことができます。

新しい習い事を始めることもできます。

 

行きたかった場所へ行くこともできます。

会いたかった人に会いに行くこともできます。

 

青春とは年齢ではありません。

 

心が動くことです❗️

 

学生たちの演奏を聴きながら、

僕はそんなことを思いました。

 

もし最近、

若い人を見て羨ましく感じたり、

昔を思い出して切なくなったりすることがあるなら、

 

それは人生が終わったサインではありません。

 

むしろ逆です。

 

まだあなたの心が、

ちゃんと動いている証拠です。

 

その感覚を、どうか大切にしてください。

 

人生は、何歳からでも生き直せます。

 

整えることは、生き直すこと。

 

その最初の一歩は、

心が動くものを見つめ直すことなのかもしれません。


2026/06/08

大切な人が亡くなると、

たくさんの物が残ります。


時計。

洋服。

写真。

手紙。




そして時々、

その物よりも重たく残るものがあります。


それは、

「手放してはいけない気持ち」です。


僕は17歳で父を亡くしました。


長い間、

父が使っていたペンを持っていました。


父を忘れたくなかったからです。


でもある日、

気づいたことがありました。


そのペンを持ち続けていた理由は、

愛情だけではなかったのかもしれない。


もっと話せばよかった。

もっと優しくすればよかった。


そんな後悔や罪悪感も、

一緒に抱えていたのです。


カウンセリングでも、

亡くなったご家族の遺品を処分できずに悩む方に出会います。


でも本当に手放せないのは、

物ではなく、

 

「捨てたら申し訳ない」

「忘れてしまう気がする」

 

そんな気持ちだったりします。


けれど、

手放すことは忘れることではありません。


感謝しながら区切りをつけることです。


大切な人を想うことと、

自分を縛ることは違います。


思い出を大切にすることと、

罪悪感を抱え続けることも違います。


持ち続けてもいい。

手放してもいい。


どちらが正しいという話ではありません。


ただ、

あなたにはあなたの人生があります。


あなたが幸せでいていい。


それを忘れないでほしいのです。


▼noteはこちら

https://note.com/shrine0731/n/n3d910b47dd71

2026/06/06

今朝、不思議な夢を見ました。


夢の中で僕は、

大きな声で怒鳴っていました。


「だから嫌だったんだ!」


その声に自分自身が驚いて、

目が覚めました。


夢だったのですが、

なぜそんな夢を見たのかは、

なんとなくわかる気がしました。




僕は昔から、

「私がやればいいか」

が癖でした。


頼まれると断れない。

困っている人を見ると放っておけない。


誰かがやらなければならないことなら、

自分がやろうと思ってきました。


それは決して悪いことではありません。


誰かの役に立てることは嬉しいし、

喜んでもらえることも嬉しい。


でも、

それが長く続くと、

心は少しずつ疲れていきます。


なぜなら人は、

感謝されたいのではなく、


本当は

「わかってほしい」

生き物だからです。


本当は疲れている。

本当は休みたい。

本当は誰かに頼りたい。


でも優しい人ほど言えない。

責任感の強い人ほど言えない。


だから、

「大丈夫です」

「平気です」

「私がやります」

と言ってしまう。


そして気づけば、

頑張ることが当たり前になってしまいます。


カウンセリングでも、

そんな方にたくさんお会いします。


家族のために頑張ってきた人。

介護をしている人。

職場で気を遣い続けている人。


母として。

妻として。

娘として。


誰かのために生きてきた人。

みなさん本当に優しい。


でも、

優しい人ほど、

自分の涙には気づきません。


誰かの涙は心配するのに、

自分の涙には鈍感です。


だから今日は、

そんなあなたに伝えたいのです。


よく頑張りました。

本当に頑張りました。


あなたがいたから助かった人がいます。

あなたがいたから守られた人がいます。


あなたがいたから続いてきた日常があります。


だから、

今日は少しだけ自分を優先してください。


あなたが断ったくらいで、

世界は壊れません。


あなたが休んだからといって、

誰かを裏切ることにもなりません。


ずっと誰かを支えてきたのですから。


たまには、

自分の味方になってあげてください。


そしてもし、

今日まで誰も言ってくれなかったなら。


僕から伝えます。


みんなのために頑張ってくれて、

本当にありがとう。


2026/06/05

最近、以前よりイライラする。

 

些細なことが気になる。

家族の一言に腹が立つ。

そんな自分が嫌になる。

 

カウンセリングでも、

よくお聞きするご相談です。

 

そして多くの方が、

 

「私、性格が悪くなったんでしょうか」

 

とおっしゃいます。



 

でも私は、

そうは思いません。

 

むしろ、

イライラしている人ほど、

頑張りすぎていることが多いのです。

 

家族のこと。

仕事のこと。

介護のこと。

将来のお金のこと。

 

毎日たくさんのことを抱えながら、

なんとかやっている。

 

だから疲れる。

 

だから余裕がなくなる。

 

人は余裕がなくなると、

怒りやすくなります。

 

それは性格ではありません。

 

心と身体からのサインです。

 

だからまず、

自分を責めないでください。

 

怒りそのものが問題なのではなく、

余裕がなくなっていることが問題なのです。

 

  • 少し早く寝る
  • ひとりでお茶を飲む
  • 好きな花を飾る
  • 静かな場所を歩く

 

そんな小さなことでも構いません。

 

優しい人ほど、

自分を後回しにしてしまいます。

 

でも、

あなたが穏やかでいることは、

決してわがままではありません。

 

周りの人のためにも、

大切なことです。

 

もし最近、

イライラすることが増えたなら。

 

自分を責める前に、

ひとつだけ聞いてみてください。

 

「私は今、ちゃんと休めているだろうか?」

 

怒りは欠点ではありません。

 

心からの

「少し休みたい」

というメッセージなのかもしれません。

 

▼続きはこちら(note)

https://note.com/shrine0731/n/n335c88f6540e


2026/06/04

大切な人を亡くしたあと、

僕たちの心に残るのは、

 

言われた言葉よりも、

聞けなかった言葉かもしれません。

 

「本当はどう思っていたのだろう」

「私のことを愛してくれていたのだろうか」

「最後に何を伝えたかったのだろう」

 

そんな問いを抱えながら生きている方は少なくありません。



 

僕自身、20代の頃にイギリスで亡くなった人との対話について学びました。

 

いわゆる霊媒と呼ばれる世界です。

 

その経験から今でも時々、

 

「亡き父の声が聞きたい」

「母は何を思っていますか」

 

というご相談をいただきます。

 

ただ、長年その世界に触れてきて感じることがあります。

 

それは、

 

亡くなったからといって、

人は急に別人になるわけではないということです。

 

生前、無口だった人は、

やはり無口なことが多い。

 

感情表現が苦手だった人は、

やはり多くを語りません。

 

だからこそ時々、

 

「あぁ、やっぱり父らしいですね」

 

と依頼者の方が笑うことがあります。

 

その瞬間、

僕は少し安心します。

 

そこには確かに、

その人らしさが残っているからです。

 

僕たちは、

亡くなった人から特別な言葉を求めたくなります。

 

「ありがとう」

「愛していた」

「誇りだった」

 

そんな言葉が聞けたら、

救われる気がすることもあります。

 

けれど本当に大切なのは、

言葉そのものではないのかもしれません。

 

生きていた時の癖。

 

不器用さ。

距離感。

沈黙。

 

そして、

言葉にできなかった優しさ。

 

そうしたものの中に、

その人らしさは今も残っています。

 

夫婦でも、

親子でも、

 

最後まで分かり合えないことがあります。

 

聞けないまま終わることもあります。

 

でもそれは、

愛がなかったという意味ではありません。

 

むしろ、

言葉にならなかったからこそ残るものもあります。

 

もし今、

亡くなった誰かを思い出しているなら。

 

無理に答えを探さなくても大丈夫です。

聞けなかった言葉を追い続けなくても大丈夫です。

 

あの人が生きていた痕跡。

あの人らしかった不器用さ。

 

そして、

共に過ごした時間。

 

その中に、

もう十分な愛情があったのかもしれません。

 

人は亡くなったから全部を語るわけではありません。

 

けれど、

語らなかった沈黙の中にも、

確かに愛は残っています。

 

僕はそう思っています。


2026/06/03

「定年後、夫が家にいる。」

そう聞くと、

「仲が良くていいですね」

「贅沢な悩みですね」

と言われることがあります。


実際のカウンセリングで、

とてもよく伺うご相談です。


夫は元気。

年金もある。

大きな病気もない。

経済的にも困っていない。


それなのに、

なぜか苦しい。


なぜか息が詰まる。


そんな気持ちになる女性は少なくありません。


夫に悪気があるわけではない。


ただ、仕事を離れたあと、

生きがいや居場所を見失ってしまう人もいます。


そして、

気づけば妻ばかり見てしまう。


でも、

理解できることと、

苦しくないことは別です。


優しい人ほど、

「寂しいんだろうな」

「可哀想だから」

と我慢します。


けれど、

自分の気持ちを後回しにし続けると、

いつか息苦しくなってしまいます。


一人で買い物に行く。

友達とお茶をする。

好きな本を読む。

静かな時間を過ごす。


そんな小さな自由は、

決してわがままではありません。


むしろ、

その自由があるからこそ、

人は優しくなれるのだと思います。


人生の後半に必要なのは、

愛情を増やすことではなく、

お互いの自由を少し残しておくこと

なのかもしれません。


続きはこちら


今回のnoteでは、

・なぜ定年後の夫婦関係が苦しくなるのか

・優しい人ほど我慢してしまう理由

・夫を変えずに自分を守る方法

・「離婚したいわけじゃない」という本音

について綴りました。

ぜひご覧ください。




2026/06/02

どうしても、

誰かの言葉が頭から離れないことがあります。


もう終わった出来事なのに。

相手は忘れているかもしれないのに。


なぜか自分だけが、

何度も思い出してしまう。


そんな経験はないでしょうか。




僕にもあります。


17歳で父を亡くした時。

20歳でクローン病になった時。


たくさんの方が言葉をかけてくださいました。


励ましもありました。

優しさもありました。


今でも感謝している言葉がたくさんあります。


その一方で、

忘れられない言葉もあります。


きっと相手に悪気はなかった。

むしろ励まそうとしてくださったのだと思います。


それでも、

当時の僕には苦しかった。


若い頃は、

「あの人はなぜあんなことを言ったのだろう」

「自分が悪かったのだろうか」

そんなことを何度も考えていました。


でも、

ある時気づいたのです。


人は、

忘れようとすると忘れられない。


気にしないようにすると、

余計に気になる。


だから僕は、

無理に忘れようとすることをやめました。


気になるなら、

気になってもいい。


悲しいなら、

悲しんでもいい。


腹が立つなら、

腹が立ってもいい。


そう思うようになりました。


そして何より大切なのは、

「気にしている自分を責めないこと」

だと思っています。


優しい人ほど、

「まだ気にしている私が悪い」

「いつまで引きずっているのだろう」

そうやって、

傷ついた自分をさらに責めてしまいます。


でも、

傷ついたのです。


悲しかったのです。

忘れられないほど辛かったのです。


だったら、

気になるのは自然なことです。


まずは、

「そりゃ気になるよね」

と自分に言ってあげてもいいのではないでしょうか。


僕は父を亡くしたことも、

病気になったことも忘れてはいません。


今でも思い出します。


ただ、

昔ほど苦しくはありません。


なぜなら、

あの頃の痛みよりも、

その後にもらった優しさの方が大きくなったからです。


支えてくれた人。

話を聞いてくれた人。

信じてくれた人。


人生は、

嫌なことを忘れるためのものではないのかもしれません。


悲しみを消すためのものでもない。


傷を抱えながら、

それでも少しずつ、

幸せを増やしていくものなのだと思います。


だから今日。


もし誰かの言葉が頭から離れないなら。


無理に忘れなくていい。

無理に許さなくていい。

無理に前向きにならなくていい。


ただ、

気にしている自分を責めないでください。


忘れられないことがあってもいい。

気にしてしまうことがあってもいい。


それでも、

あなたは今日まで生きてきました。


本当は、

それだけですごいことだと思うのです。

2026/06/01

6月になりました。

 

月が変わると、

 

「今月こそ頑張ろう」

「もっと結果を出そう」

「ちゃんとしなきゃ」

 

そんな気持ちになることがあります。

 

もちろん、

向上心は大切です。

 

でも、今朝、

コーヒーを飲みながら思ったんです。

 

 

その前に、

 

「5月もよく頑張ったな」

 

と言ってあげてもいいのではないか、と。

 

僕たちは、

できなかったことには敏感です。

 

もっとこうすれば良かった。

あれもできていない。

まだ足りない。

 

そんなふうに、

つい自分に厳しくなります。

 

でも本当は、

無事に1か月を過ごしたこと。

 

悩みながらも前に進んだこと。

 

何度も落ち込みながら、

それでも今日を迎えられたこと。

 

それ自体が、

十分価値のあることなのかもしれません。

 

 

カウンセリングでも、

 

頑張りすぎる人ほど、

自分をねぎらうのが苦手です。

 

そして、

反省ばかりしていると、

心は少しずつ疲れていきます。

 

だから時々は、

 

自分を責める会議をお休みして、

自分をねぎらうお茶会を開いてみる。

 

そんな時間も必要です。

 

 

6月です。

 

新しい目標を立てる前に、

 

まずは、

ここまで生きてきた自分に、

 

「お疲れさま」

 

と言ってあげてください。

 

焦らなくて大丈夫。

 

人生は、

急いで整えるものではなく、

 

少しずつ整っていくものです。