僕の家に来た人が、ほぼ全員、
必ず驚いてくれる場所があります。
それが――トイレです。

「なにこれ、無茶苦茶キレイ…!」
「いい香りがする…!」
「人生でいちばん美しいトイレかも…!」
そう言ってもらえるのはありがたいですが、
僕にとっては、正直、それが“普通”なんです。
もちろん、毎日のように掃除しています。
以前は、自己啓発セミナーの影響で、素手で掃除していたこともあります(笑)
でも、僕がトイレを丁寧に整えているのは、
風水やスピリチュアル的な理由というより、
「気持ちのいい空間でありたい」
という、シンプルな感覚からです。
トイレって、
誰かに見せる場所じゃないし、
一番“後回し”にされがちな場所。
だからこそ、その人の本性が出る気がするんです。
見えないところをどう扱うか。
触りたくない場所をどう整えるか。
「誰にも見られない部分」に、
その人の優しさや、誠実さが滲む。
僕にとって、
トイレを整えることは、
人を大事にすることと同じことなのかもしれません。
ちょっとだけ立ち止まって、
自分の“日常のどこに心を込めているか”を思い出してみると、
案外、自分の美意識ややさしさが見えてくるものです。
…というわけで、今日もトイレはピカピカです(笑)

「今日は酔ってもいいや」
そんな一言が、どうしても言えない自分がいる。
ちゃんとしてきた人ほど、心のどこかで「ゆるみたい」と願っているのに。

僕は昔から、どちらかというと「ちゃんとしてる人」に見られがちです。
たしかに、自分でもそう思います。
でも――
その「ちゃんと」が、僕から“楽しむ”ことを奪っていると感じることがあるんです。
たとえば、「お酒」。
実は、僕はけっこうお酒に強いタイプです。
でも、それでも“酔えない”。
なぜかというと、
そんなふうに、いつもどこかで「先のこと」を考えてしまう。
だから、どんなに楽しくても気を張っていて、
「今日は酔っ払ってもいいや」
って、思えない自分がいる。
実際、僕の“酔った姿”を見た人は、ほとんどいないと思います。
いつも“しっかり者”でいようとしてしまうから。
でも、本当は――
酔ってみたい。
ゆるんでみたい。
みんなみたいに、はしゃいでみたい。
そんな気持ちも、心の奥にはちゃんとあるんです。
じゃあ、なぜそれができないのか。
周りを信頼してないのか?
……いや、違う。
それは、きっと「自分がそうしたいだけ」。
“備えていたい”自分がいるだけなんです。
でも、時々、思うんです。
「誰かに任せてもいい夜があってもいい」
「全部を背負わなくてもいい」
って。
ちゃんとしてきた人ほど、
きっと、もう「ゆるんでも大丈夫」なんです。
今日はそんなことを、
真面目すぎる自分に、そっと伝えてあげたくなりました。

実は、5月の連休から髭をはやし始めました。
理由は、ちょっとしたイメチェン。
大人の男を目指して、ダンディー路線へ…と思ったのですが——
誰も、気づいてくれない。

いやいや、自分ではけっこうな変化のつもりなんです。
鏡を見て、「ちょっと雰囲気変わったやん」と自己満足してる。
でも、周囲の反応は、まさかの“完全スルー”。
最初は笑ってたけど、だんだん…
「え、ほんまに誰も見てないの?」
「これ、似合ってないのか?」
「そもそも、変な方向にいってない?」
って、急に不安になる自分がいる。
本当は、自分がやりたくてやってることなのに、
なぜこんなに人の目が気になるんだろう?
結局、「認められたい」んですよね。
「似合ってるよ」
「いい感じやん」
って一言が、どうしても欲しくなる。
そして聞くんです。
「この髭、どう?」って。笑
すると返ってくるのは、
「え、めっちゃいいやん!」
「ダンディーになったね」って言葉。
……でも、それを聞いてもなお、
「ほんまか?」って思ってしまう(笑)
まだまだ、僕の中の承認欲求くんは健在のようです。
でも、そんな自分も嫌いじゃない。
誰かに見てもらいたい。
認めてもらいたい。
かっこいいって思ってほしい。
それって、なんだかんだ言って、
「人間らしさ」そのものなのかもしれません。
だから今日も、ひげを整えて、
少しだけダンディーに生きてみようと思います。笑
カウンセリングをしていると、よくこんな質問をいただきます。
「自分に優しくするって、甘やかしてるだけじゃないんですか?」
はい、正直、めちゃくちゃわかります(笑)
特に、真面目でがんばり屋さんほど、
「優しくする=ゆるむ=ダメになる」
って、どこかで思ってしまっている。
でも、ここでひとつ、声を大にして言いたいんです。
そもそも、甘やかして何が悪い?
それなら、むしろどんどん甘やかしていい。
問題なのは、自分を追い詰めすぎること
「もっとちゃんとしなきゃ」
「こんな自分じゃダメだ」
「弱音を吐いちゃいけない」——
そんなふうにして、
心の声を無視して、
どこまで自分を責め続けるつもりですか?
厳しくする=正しい、ではない
それ、もはや自分いじめなんです。
特に真面目な方の多くが、残念ながら、
“努力”という名のもとに、無意識のうちに自分をいじめている。
じゃあ、どこに線を引けばいいのか?
それは、
“終わったあとに気持ちがどうなってるか”
で判断してみてください。
甘やかしたあと → 元気になる、自分に優しくなれる
甘やかしたあと → やる気がわいてくる
↓
それはもうセルフケアです。
逆に、厳しくしたあと → 落ち込む、動けなくなる、責めたくなる
↓
それはもうセルフクラッシュです。
“自分に優しくする”って、
弱くなることじゃない。
立ち上がれる力を、もう一度取り戻すことなんです。
今日もがんばっているあなたに、
そっとお伝えしたかった言葉です。
「ちゃんとしなきゃ」が、いつのまにか口ぐせになっていませんか?
誰かに言われたわけでもないのに、
“ちゃんとできる自分じゃないと”と、今日も無意識に頑張っている――
・人に迷惑をかけないように
・失礼のないように
・期待に応えられるように
誰かにそう言われたわけじゃなくても、
“ちゃんとする自分”じゃないと認められない気がして、
気づけば今日も、ちょっとだけ無理してる。
そんな声が、カウンセリングでもとても多いんです。
でもね。
人って、本当にしんどくなると、
「何もしたくない」じゃなくて、
「何も感じたくない」って思い始めるんです。
心を守るために、シャッターを下ろす。
そのくらい、自分に厳しく生きてきた人が多い。
そんなあなたに、今日ひとつだけ伝えたいのは…
「ちゃんとしすぎなくていい」
ということ。
“ゆるむこと”は、崩れることじゃない。
“わがまま”になることでもない。
「本当のあなたで在ること」
なんです。
今日は、ゆるめていい日かもしれません。
自分の呼吸のペースで、
静かに心を整えていきましょう。
