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心の処方箋

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2026/02/23

難病を克服して、どうしてカウンセラーになったのですか――

そう問われることがあります。

 

志があったから?

使命感に燃えたから?

 

違います。

 

それしか、できなかったから。




もともと、僕は教師になるつもりでした。

 

大学を卒業した後、さらに2年。

教育課程を追加で履修し、教員免許を取得しました。

 

実際、教える仕事は向いていたと思います。

評判も悪くなかった。

 

教壇に立つ自分を、自然だと感じてもいました。

 

事実、イギリスで日本語教師をして、

勘違いかもしれないけど、

とにかく、みんなから愛された。

 

それでも、なぜか、今ここにいる。

教師ではなく、カウンセラーとして。

 

理由は、きわめて単純です。

 

求められたから。


・相談が来る

・話を聴く

・また紹介が来る

 

気づけば、続いていました。

 

目指してなったというより、

流れの中で残った職業。

 

もちろん、闘病時代の母のような人を

支えたいという気持ちは、ずっとありました。

 

でも、「カウンセラーになろう」と

強く志したわけではありません。

 

僕は精神科医ではない。

臨床心理士でも、公認心理師でもない。

 

その資格を取ろうと思わなかった理由は、

驚くほどシンプルです。

 

いつ辞めてもいいと思っているから。


資格で縛られたくなかった。

肩書きで守られたくもなかった。

 

求められなくなったら、やめればいい。

そのくらいの距離感で、続いてきました。

 

正直に言えば、

今は「書くこと」のほうが楽しい。

 

「話す」ことも、好きです。

 

・医療の現場で体験してきたこと

・患者として見てきた現実

・治療と回復の間で学んだ知恵

 

それを発表し、共有し、

雑誌や本で伝えていく。

 

そちらのほうが、

いまの心にはフィットしている気もします。

 

けれど。

 

それでも、

求められるのは、カウンセリング。

 

予約が入り、

「神社さんに話を聞いてほしい」

と言われる。

 

これはきっと、

まだこの仕事が、

僕にとって意味を持っている証拠なのでしょう。

 

無理に方向転換する必要はない。

 

自然に任せる。

流れが変われば、変わればいい。

 

嫌ではない。

むしろ、ありがたい。

 

難病を克服したからカウンセラーになった、

という美しい物語ではありません。

 

ただ、生き延びた結果、

いまここにいる。

 

そして、必要とされる場所で、

できることをやっている。

 

それだけです。

 

肩書きよりも、

流れ。

 

使命よりも、

自然。

 

僕はたぶん、

「なる」のではなく、

「残る」タイプの人間なのだと思う。


2026/02/22

今から26年前、毎晩、

自分の手で、細いチューブを鼻から胃まで通していました。

 

 

眠る前の儀式。

いや、儀式というほど美しいものではありません。

 

違和感、吐き気、涙。

それでも、9時間かけて栄養を流し込む。

 

それを、4年間。

絶食です。

 

「どうして続けられたのですか?」

 

よく聞かれます。

 

努力でも、根性でもありません。

美談にする気もありません。

 

それしか、生きる方法がなかった。

 

ただ、それだけです。

 

選択肢がなければ、人はやる。

やるしかなければ、続く。

 

何度も死のうとしました。

 

けれど、不思議なことに、

僕が命を諦めようとしても、

命のほうが、僕を諦めない。

 

最後の最後まで、

しぶとく、離れない。

 

人はそんなに簡単に、自分を殺せない。

 

世の中には自ら命を絶つ人もいる。

けれど、僕には、その“勇気”がなかった。

 

情けない話かもしれない。

でも、事実です。

 

死ねなかった。

だから、

生きるしかなかった。

 

辛い。

痛い。

苦しい。

孤独。

 

未来は見えない。

絶食生活がいつ終わるのか、医師もわからない。

 

その中で、僕がやったことは、ひたすら本を読むことでした。

 

動けない。

ならば、読む。

 

そして、知りました。

 

自分よりも、はるかに過酷な環境で生きている人たちがいることを。

 

・手のない人

・足のない人

・目が見えない人

・耳が聞こえない人

・寝たきりの人

・数えきれない

 

正直に言えば、僕は“上”を見なかった。

“下”を見て、生きました。

 

あの人たちが生きているなら、

僕も、もう少しだけ、生きてみよう。

 

その繰り返し。

 

勇気は、立派な言葉からは生まれなかった。

誰かの現実から、生まれた。

 

あの4年間は、

「いい経験」だったとは言えません。

 

あまりにも苦しすぎた。

 

もう一度やれと言われたら、断ります。

 

でも――

あの時間があったから、

いま、誰かの話を最後まで聞ける。

 

絶望の顔を見ても、目を逸らさない。

「大丈夫」と軽々しく言わない。

 

それだけは、確かです。

 

僕は、すごい人ではありません。

 

逃げたかった。

何度も終わらせようとした。

強くなんてなかった。

 

ただ、生かされた。

 

それは、運がよかったから。

支えてくれる人がいたから。

 

本があったから。

医療があったから。

 

恵まれていた。

その自覚だけは、あります。

 

だから今度は、

僕が、誰かにとっての“下”になればいい。

かつての僕が、

誰かの現実から勇気をもらったように。

 

苦しみは美化しない。

けれど、無駄にもしたくない。

 

死ねなかった夜が、

いま、誰かの希望になるなら、

あのチューブも、

あの9時間も、

あの孤独も、

ようやく、報われる気がします。


2026/02/21

このたび、日本医師会賞(第9回「生命を見つめるフォト&エッセー」)にて

受賞した僕のエッセイが、読売新聞紙面に全文掲載されました。



多くの受賞作品がある中で、
全文での掲載という形をいただき、
身の引き締まる思いでおります。



紙面を開いたとき、

まず浮かんだのは誇らしさよりも、

「責任」という言葉でした。


言葉は、人の心を動かします。


ときに救い、

ときに支え、

ときに人生の向きを変える力を持っています。


17歳で父を亡くし、

難病を経験し、

未来が見えなかった時期を経て、

僕は「整える」ということを軸に、

20年以上カウンセリングに携わってきました。

 

今回の掲載は、

過去の出来事が評価されたというよりも、

「これから、どう在るのか」

を問われている出来事だと受け止めています。


賞をいただくことが目的ではありません。


誰かの絶望が、少しでも軽くなること。

安心の中で、人が本来の自分を取り戻していくこと。


そのために、言葉を磨き続けてきました。


今回の掲載は、僕個人の栄誉ではなく、

これまで関わってくださった

すべての方々との歩みの結果です。


日々読んでくださる皆さま、

カウンセリングに来てくださる皆さま、

支えてくださるすべての方へ、

心より感謝申し上げます。


これからも、静かに、しかし確かに。

言葉の力を信じて歩み続けます。


2026/02/21

日本医師会賞を受賞してから、よく聞かれるようになりました。

「どうして難病が治ったのですか?」

 

答えは一つではありません。

 

医療、出会い、環境、学び、時間。

いくつもの要素が重なり合った結果です。

 

けれど、あえて一番大きな理由を挙げるなら――

完治を諦めたからです。



 

クローン病と向き合っていた頃、僕は「完治」に取り憑かれていました。

 

数値が悪ければ落ち込み、良ければ歓喜する。

検査結果に人生を支配される毎日。

 

治すことばかりに意識が向き、

“元気である”という本質を見失っていました。

 

しかしある時、考え方を変えました。

 

完治を目標にするのではなく、
元気を目標にする。

 

病気があってもなくても、

人が目指すべきは「元気に生きること」ではないか。

 

その瞬間、心がふっと軽くなりました。

囚われが外れたのです。

 

もう一つ、大きな転機があります。

 

それは、普通の生き方を諦めたこと。

 

「諦める」という言葉は、一般にはネガティブに響きます。

しかし仏教では「明らかに見る」という意味を持ちます。

 

できることと、できないことを、冷静に見極めること。

 

僕は積極的に諦めました。

 

体力勝負の仕事はできない。

安定したサラリーマン人生も難しい。

 

ならばどうするか。

 

体が弱い分、頭で勝負する。

動けないなら、動かなくていい仕事を選ぶ。

 

きっかけをくれたのは母でした。

 

ベッドで本ばかり読んでいた僕に、こう言ったのです。

「どうせなら、翻訳家になればいいじゃない」

 

英語も本も好きだった僕にとって、それは救いの言葉でした。

 

できないことを数えるのではなく、

できることを伸ばす視点を持てた瞬間でした。

 

完治は諦めた。

普通も諦めた。

でも、元気になることだけは諦めなかった。

 

この一見矛盾した姿勢こそが、

僕を回復へ導いたのだと思います。

 

「治す」に固執すると、苦しくなる。
「生きる」に軸足を移すと、力が戻る。

病気は敵ではありません。

生き方の再設計を迫るメッセージだったのかもしれません。

 

今、病と向き合っている方へ。

 

完治を目指すな、とは言いません。

医療は最大限活用すべきです。

 

けれど同時に、

元気という感覚を先に取り戻してみてほしい。

 

できないことより、できること。

失ったものより、今あるもの。


普通を手放したとき、

あなた本来の人生が始まることがあります。

 

矛盾を抱えたまま、前に進んでいい。

 

それが、僕が辿り着いた回復のかたちです。

2026/02/20

17歳で父を亡くし、

20歳で指定難病(クローン病)を発症。

 

8度の手術。

4年間の絶食。

 

当時の僕に、いちばん必要だったものは何か。

それは、

最先端の医療でも、

名医の肩書きでも、

自己啓発でも、

カウンセリングでもありませんでした。



 

「クローン病を治して、元気に生きている人に出会うこと」


たった、それだけでした。


 

希望は、理論ではなく「実在」から生まれる

人は、データでは動きません。

統計でも、論文でもありません。

 

「この人は、治った」

 

その“実在”だけが、

絶望の底にいる人間を立ち上がらせます。

 

当時の僕は、世界中を探しました。

まだ情報も乏しい時代に、ネットを使い、英語の記事を読み漁り、海外の医師や患者の体験談を追いかけました。

 

必死でした。

 

英語ができるようになったのも、

留学を決意したのも、

すべては「治った人を見つけたい」という一心からでした。


 

出会ったのは「治る」と断言する医師だった

探し続けた先で、

あるオーストラリア人医師に出会いました。

 

彼はこう言いました。

 

「君が治して、みんなの希望になればいい」

 

その言葉は、衝撃でした。

 

当時、多くの医師は「一生付き合う病気」と説明しました。

それは医学的には誠実な説明です。

 

でも、僕の魂が求めていたのは、

“管理”ではなく、“回復”でした。

 

彼は、治ると本気で言い切った。

そして、BODY・mind・spiritの三方向から整える方法を示してくれた。

 

身体だけでなく、

思考だけでもなく、

目に見えない流れまで含めて、全体を整える。

 

僕はそれを、愚直にやりました。

 

だから、治った。


 

僕が学んだ、たったひとつの真実

世の中にたった一人でも

「治った人」がいる。

 

それだけで、

希望は現実になる。

 

難病だった僕が本当に必要としていたのは、

治療法よりも先に、

 

“未来の自分の姿を見せてくれる存在”

 

でした。

 

だから、今の僕がいる

 

今、僕がカウンセリングで大切にしていることがあります。

 

mind(思考)

body(身体反応)

spirit(言語化できない流れ)

 

この三方向から整えるのは、

あの時の僕が救われたからです。

 

人は、

「正しいこと」を言われても変わりません。

 

でも、

「可能性の実在」を見た瞬間、変わる。

 

もし今、

出口の見えない場所にいる人がいるなら。

 

僕は静かに言います。

 

大丈夫。

あなたの未来は、もう存在している。

 

かつての僕が、

それを証明しています。
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