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心の処方箋

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2026/02/19

「好きなことで生きていく」

 

耳ざわりはいい。

夢がある。

 

でも、あえて言います。

 

それ、けっこう危うい。

 

なぜなら――

そこに“相手”がいないことが多いからです。

 

仕事は、自分のためにあるのではありません。
仕事は、相手がいて、初めて成立するものです。

「私が好きだからやる」

その動機が悪いとは言いません。

 

でも、

“好き”を中心に据えた瞬間、

視野は驚くほど狭くなる。



 

先日、30年教師を続けてこられた方が、こう言いました。

 

「私は、子どもがきらい。だから続いたの。」

 

思わず、うなりました。

 

これ、深いんです。

 

「好きだから続く」のではない。

「きらいでも、やるべきことをやる」から、プロになる。

 

好きで始めたことは、

嫌いになった瞬間に終わります。

 

でも、

好き嫌いを超えたところにある仕事は、揺らがない。

 

正直に言います。

 

僕は、カウンセリングが“好き”かと言われると、

そうでもない。

 

どちらかといえば、

僕は話すほうが好きです。

 

聴くより、語るほうが楽しい。

 

でも、なぜか自然に聴けてしまう。

そして、求められる。

 

だから、やっている。

 

10年以上、

個人で続き、

クレームも問題もなく、

口コミだけで安定しているのは――

 

好きだからじゃない。

 

求められたことを、淡々と、同じ質で、出し続けたから。

 

それだけです。

 

「好きで生きる」は、美しい。

 

でも、それは時に傲慢です。

 

自分が満たされるかどうかを基準にすると、

相手の喜びは二の次になる。

 

プロに必要なのは、

情熱よりも、再現性と安定性。

 

好き嫌いに左右されず、

その日その日でブレずに価値を出せること。

 

あの先生が言った言葉は、真実です。

 

「子どもはきらい。でも、だから教師ができるの。」

 

感情に振り回されない。

だから、冷静に愛せる。

 

「好き」を追いかけて疲れている人へ。

 

もしかすると、

あなたが向いているのは

“好きなこと”ではなく

“求められること”かもしれません。

 

そして、

それを淡々とやれるあなたこそ、

本物のプロです。

 

好きでなくても、

必要とされるならやる。

 

それは冷たいことではない。

むしろ、誠実です。

 

仕事とは、

自分を表現する場である前に、

誰かの役に立つ場なのです。

 

今日も、淡々と。

それで十分です。


2026/02/18

「どっちがいいですか?」

僕は、よく聞かれます。

 

そのたびに、こう返します。

「どちらが笑顔になりますか?」

 

 

二つで迷うとき。

実は、どっちも正解です。

 

なぜなら――

両方とも、同じくらい魅力があるから迷う。

 

もし一方が明らかにダメなら、

そもそも迷わない。

 

つまり、

どちらを選んでも、人生はちゃんと進む。

 

だったら、

笑顔になる方を選べばいい。

 

  • 楽しい方
  • ワクワクする方
  • テンションが上がる方

 

それが、あなたの正解です。

 

それでも決められないなら?

 

そのときの正解は、こうです。

 

「今は、迷いたい時なんだ」と認めること。


決断しない、

という選択も立派な決断。

 

人は、無理に正解を探し始めると、間違う。

 

なぜか。

自分の本心や直感を無視し始めるからです。

 

「正しいほうはどっちか」

「損しないのはどっちか」

「後悔しないのはどっちか」

 

そうやって頭だけで選ぶと、

自分じゃない人生になる。

 

気づいたら、

“誰かの期待に応えるための選択”ばかりになる。

 

それは、

静かな迷子です。

 

多くの相談は、

実はもう決まっています。

 

背中を押してほしいだけ。

 

なら、こう言えばいい。

 

「私はこっちを選びたい。
 それがさらに輝くためのアドバイスがほしい。」

そのほうが、100倍健全。

 

そして大事なこと。

 

迷うときは、

まだ判断材料が足りないことも多い。

 

頭の中だけで決めるのは危険です。

 

実際に見て。

触って。

会って。

体感して。

 

五感を使わずに人生を決めるなんて、

もったいない。

 

もし誰かに相談するなら。

 

占い師よりも、

あなたの幸せを本気で考えてくれる人。

 

損得ではなく、

あなたの笑顔を優先する人。

 

そこを間違えると、

また不安ビジネスに巻き込まれる。

 

迷いは、弱さじゃない。

 

  • 選択肢がある証拠
  • 可能性がある証拠
  • 人生が豊かな証拠

 

だから最後に、これだけ。

 

 

正解を探すな。

笑顔を探そう。

 

 

あなたは、間違えるために生きているんじゃない。

輝くために、生きている。

2026/02/17

先日、たまたま無料のピアノコンサートに足を運びました。

 

3時間。

リスト、ショパン、ブラームス、バッハ――

誰もが知る名曲が、次々と演奏される。

 

それはそれで、すごかった。

 

技術もある。

難曲も完璧に弾き切る。

 

 

でも。

 

正直に言うと、

一番心に残ったのは、ジブリの曲でした。

 

その演奏者だけが、

有名なクラシック作曲家ではなく、

ジブリを選んでいた。

 

ジャンルが違ったから印象に残った?

 

いや、違う。

 

楽しかったから。


そして何より――

僕たちを楽しませようとしてくれていたから。

 

どうしても、素人が弾くと「発表」になりやすい。

 

  • 上手く弾きたい
  • 間違えたくない
  • 難しい曲を披露したい

 

それは悪いことじゃない。

努力の結晶です。

 

でも、

それが「自慢」や「自己満足」に傾いた瞬間、

音楽は観客から離れていく。

 

うまいのに、残らない。

 

日本は特に、

音楽を“競うもの”にしがちです。

 

超絶技巧。

速さ。

難度。

 

もちろん技術は尊い。

 

でも、

音を楽しむ、と書いて「音楽」。

 

いつから、「勝つためのもの」になったのでしょう。

 

もったいなさすぎる。

 

ジブリを弾いた彼は、

右手に鍵盤ハーモニカ、

左手の伴奏をピアノ、

楽しくリズムを揺らしていました。

 

そこにあったのは、

技術の披露ではなく、

「一緒に楽しみましょう」という姿勢。

 

だから、心に残った!

 

無料で聴かせてもらって、

こんなことを思うのも失礼かもしれません。

 

でも同時に、

僕にとっては大切な学びでした。

 

僕も、気をつけよう。

カウンセリングも、講座も、発信も。

 

「すごい」と言われることを目指すのか。
「楽しかった」と言われることを目指すのか。

どちらが、人の心に残るか。

 

答えは、もうわかっています。

 

上手さより、思いやり。

技術より、楽しませようとする姿勢。

 

音楽も、

仕事も、

人間関係も。

 

すべて、同じだと思いました。

 

あなたは今、

“うまくやろう”としていませんか?

 

それとも、

“楽しませよう”としていますか?

 

どちらが、人の心に残るでしょう。

 


2026/02/16

「思いやり」って、実はとても難しい。

 

なぜなら、

多くの場合――

それは“自分基準”でできているから。


僕が闘病していた頃、

本当にたくさんの人がお見舞いに来てくれました。

 

それ自体は、ありがたいことです。

心から、感謝しています。



 

でも、ある言葉に、だんだん腹が立ってきました。

 

「元気になったら、美味しいもの食べに行こう!」

 

最初は、「うん、そうだね」と言っていました。

 

でも、心の中では違いました。

 

当時の僕は、

たとえ元気になっても

普通の食事ができない身体でした。

 

クローン病。

8度も手術をして、

4年間、絶食を経験しました。

 

「元気になったら食べよう」は、

僕にとっては、叶わない未来の話だったのです。

 

もっと言えば。

お見舞いにお菓子を持ってくる人も、何人もいました。

 

悪気がないのは、わかっています。

 

でもね。

 

病気のこと、少しでも調べた?

一言でも「何か必要なものある?」って聞いた?

 

思いやりって、

“気持ち”だけでは足りない。

 

想像力がなければ、ただの自己満足になります。

 

正直に言うと、

あの頃の僕は、かなりムカついていました。

 

結局、相手は

「何かしてあげたい自分」を満たしたいだけ。

 

こちらの現実は、見えていない。

 

それは優しさじゃない。

ただの、ひとりよがり。

 

これは、病気の話だけではありません。

 

職場でも、家庭でも、恋愛でも。

 

「あなたのためを思って」

という言葉の裏に、

相手をちゃんと見ていない態度が

潜んでいることが、本当に多い。

 

お土産も、

プレゼントも、

アドバイスも。

 

“自分があげたいもの”を渡していないか?

“自分が言いたいこと”を言っていないか?

 

それ、

相手は本当に欲しがってる?

 

本当の優しさとは、想像力です。

 

 

  • 相手が今、何を感じているのか
  • 何をされたら嬉しいのか
  • 何をされたら、実は傷つくのか

 


そこまで考えて、

やっとスタートライン。

 

そこを飛ばして、

 

「モテない」

「人間関係がうまくいかない」

「職場が居心地悪い」

 

と言っているなら――

まずは、自分の“ひとりよがり”を疑ったほうがいい。

 

耳が痛いですよね。

 

でも、僕も痛かった。

 

あの闘病の時間は、

人の優しさの本質を、徹底的に見せてくれました。

 

本当に思いやりのある人は、

人間関係で大きく困ることはありません。

 

なぜなら、

相手の立場に立つ努力をしているから。

 

逆に、

いつも人間関係でトラブルが続くなら、

 

もしかしたら、

 

あなたもどこかで

“自分基準の優しさ”を押し付けているかもしれない。

 

優しさは、センスではありません。

 

訓練です。

 

調べること。

確認すること。

聞くこと。

そして、時には何もしないこと。

 

それが、本物の思いやり。

 

僕は、あの闘病時代を経て、

“気持ち”よりも“理解”を選ぶようになりました。

 

だから今、カウンセリングでは必ず聞きます。

 

「あなたは、どうされたい?」

 

ここを飛ばさない。

 

それが、僕のやり方です。

 

優しいつもりになっていないか。

その一歩の見直しが、

人間関係を、静かに変えていきます。

 

まずは、

一番近い人から。

 

そして、

自分自身にも。

 

あなたは、

本当に今、どうされたいですか?


2026/02/15

魚が食べられないまま、水産学部に進学した人間は、たぶん僕くらいだと思う。

 

信じられないかもしれないけど、

僕は、大学生になるまで「魚」が食べられなかった。

理由は、可哀想だったから。

 

ほんと、馬鹿みたいでしょう。

でも、冗談でもキャラ作りでもなく、マジで、本気の話です。



 

僕は近畿大学の水産学科で、魚の研究をしていました。

 

魚が大好きで、幼少期から水槽が9つ。

庭には池を掘って、魚を飼っていた。


とにかく、魚が好きすぎた。

だから、食べられなかった。

嘘みたいだけど、本当の話です。

 

大学に進学して、魚の専門的な勉強が始まった頃。

ある日、教授が何気なく言いました。

 

「まさか、この中で魚が食べられない人はいないよね?」

 

その瞬間、ドキッとしました。

あ、これ、言えないやつだ、と。

 

それからです。

勇気を出して、少しずつ、食べるようになりました。

 

今では、普通に食べられます。

刺身も焼き魚も、何なら好きです。

 

でも、今振り返ると、

僕は、かなり変わっていたんだと思います。

 

自分では気づいていなかったけど、

今思えば、相当、変。

 

この魚のエピソードだけじゃありません。

 

「え?」と言われるような話は、

まだまだあります。

 

実は、

水産学科を卒業したあと、

僕はまったく別の道を歩きました。

 

難病になり、

何度も手術をし、

4年間ほとんど食べられない生活を経験し、

イギリスに渡り、スピリチュアルやサイキックサイエンスを学び、

今はカウンセラーとして、心の相談を仕事にしています。

 

水産学部出身で、

スピリチュアルも扱うカウンセラー。

 

やっぱり、変ですよね。

 

でも、不思議なことに、

僕はずっと、周りに認められてきました。

 

「そのままでいい」

「あなたらしいね」

「変わってるけど、そこがいい」

 

そう言ってくれる人が、必ずそばにいた。

 

どんなことをしても、

どんな選択をしても、

僕は直されなかった。

 

「それ、おかしいからやめなさい」

「普通はこうでしょ」

 

そう言われ続けていたら、

たぶん、今の僕はいません。

 

変でもいい。

むしろ、変なのがその人の個性で、その人。

 

そうやって、

許されて、認められてきた。

 

それは、本当に素晴らしい家族や仲間、友人に恵まれてきたからだと思っています。

 

大事なことがひとつあります。

 

人は、

誰かに言われて、本当の意味で変われるものじゃない。

 

変わるとしたら、

自分で「変わろう」と思った時だけです。

 

僕が魚を食べるようになったのも、

カウンセラーになると決めたのも、

イギリスに渡ると決めたのも、

 

誰かに直されたからじゃない。

 

自分で、必要だと感じたから。

 

変でもいい。

不器用でも、ズレていてもいい。

 

でも、もし今、

その自分がなんとか幸せに生きられているなら。

 

それは、

周りのおかげです。

 

認めてくれた人がいて、

許してくれた人がいて、

愛してくれた人がいたから。

 

だから、お願いがあります。

 

あなたが何を選んでも、

何を始めても、

何に惹かれても。

 

「それ、いいね」と言ってくれる人を、

どうか大切にしてください。

 

そして、自分の中の

「これがやりたい」という小さな声を、

簡単に裏切らないでください。

 

自分を直さなくても生きられた人は、

きっと誰かに、ちゃんと守られてきた人です。

 

そして今度は、

あなたがあなた自身を守る番なのかもしれません。
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