「きっと、怒っていると思うんです」
先日、
そんな相談を受けました。
お父様を亡くされた方でした。
「もっと優しくすればよかった」
「最後に、あんなこと言わなければよかった」
「許されていない気がする」
そうやって、
亡くなったあとも、
ずっと自分を責め続けていたそうです。
でも、
対話の中で伝わってきたものは、
まったく逆でした。
「ありがとう」
「愛している」
「幸せになってほしい」
ただ、
それだけだったんです。
彼女は、
その瞬間、
声をあげて泣いていました。
実は、
こういうことは本当に多いです。
亡くなった人が、
・怒っている
・責めている
・許していない
そう思い込んでしまう人は、
少なくありません。
でも、
実際には違うことが多い。
むしろ、
責め続けているのは、
“自分自身”
だったりします。
僕自身も、
そうでした。
父が亡くなる直前、
僕は完全に反抗期でした。
関係も最悪。
優しくなんて、
全然できていなかった。
だから、
父が亡くなったあと、
ずっと苦しかったんです。
「きっと怒っている」
「情けない息子だと思われている」
そう思っていました。
でも、
イギリスで出会った霊媒師たちは、
みんな同じことを言いました。
「お父さんは、あなたを責めていない」
「むしろ誇りに思っている」
と。
その時、
僕は気づきました。
責めていたのは、
父ではなかった。
僕自身だったんです。
陰陽道でも、
仏教でも、
亡き人は、
もっと大きな愛に戻る、
と言われます。
だから、
本当に大切な人ほど、
あなたを追い込まない。
「生きてほしい」
「幸せになってほしい」
そう願っている。
そこにあるのは、
愛です。
だから、
もう、
自分を責めすぎなくていい。
後悔があるのは、
それだけ愛していたから。
でも、
後悔し続けることで、
“愛されていたこと”まで、
否定しなくていい。
亡くなった人は、
あなたを苦しめるためではなく、
今も、
愛するために、
そばにいる。
僕は、
そう感じています。
「いつか、謝ってほしい」
そう思ってしまう夜が、
ありませんか。
ただ謝るだけじゃ足りない。
「全部、私が悪かった」
と、認めてほしい。
傷つけられた人ほど、
そう思います。
・裏切られた
・利用された
・見下された
・都合よく扱われた
・最後は悪者にされた
だから、
悔しい。
腹が立つ。
眠れない。
「いつかギャフンと言わせたい」
そう思う。
でも、
それは、
人として自然な感情です。
カウンセリングをしていると、
優しくて真面目な人ほど、
深く傷つき、強い怒りを抱えています。
そして、
そんな自分を見て、さらに苦しむ。
「こんなこと思っちゃダメだ」
「許せない私は未熟だ」
「スピリチュアル的によくない」
でも、
僕は思うんです。
本当に苦しかった人ほど、
簡単には許せない。
それでいい!
むしろ、
無理に“いい人”になろうとすると、
心が壊れていきます。
ただ、
ここで一つ、
残酷な現実があります。
本当に酷いことをした人ほど、
自分の非を認めません。
逃げます。
ごまかします。
逆ギレします。
なぜなら、
「自分が悪かった」
を認めると、
自分が壊れてしまうから。
だから、
謝らない。
でも、
因果はあります。
これは、
脅しではなく、
人生を見てきた中で感じることです。
人を雑に扱った人は、
あとから、少しずつ失っていきます。
信頼。
人間関係。
仕事。
健康。
運。
人生は、
ちゃんと見ています。
だから、
本当の白魔術は、
相手を呪うことじゃない。
無理やり潰すことでもない。
先に、
自分の人生を立て直すことです。
ちゃんと食べる。
眠る。
掃除する。
整える。
笑う。
安心する。
自分を取り戻す。
すると、
不思議なことに、
相手のことが、
少しずつどうでもよくなっていく。
そして、
あとから気づくんです。
一番の復讐は、
「土下座させること」
じゃなかった。
“もう、その人に支配されなくなること”
だったと。
あなたの人生まで、
あの人に奪われなくていい。
人生は、
今、ここから整え直せます。
「いつか、痛い目を見ればいいのに」
そんなことを、
心のどこかで思ってしまう夜はありませんか。
今日は、
少し踏み込んだ話を書きます。
きれいごとではなく、
人間の“本音”の話です。

カウンセリングをしていると、
時々、こんな言葉を聞きます。
「正直、あの人が不幸になっていくのを見たいです」
それは、
自分を深く傷つけた相手に対して、
湧き上がってくる感情です。
でも、
多くの人は、
そんな自分を見て、
さらに苦しみます。
「こんなこと思うなんて最低だ」
「許せない私は未熟だ」
「スピリチュアル的によくない」
そうやって、
怒りや憎しみを、
必死に押し込めてしまう。
でも、
僕は思うのです。
許せなくていい。
だって、
本当に傷ついたのだから。
傷ついた人が、
すぐに
「感謝しましょう」
「許しましょう」
なんて、
できるわけがない。
むしろ、
無理に許そうとすると、
心が壊れていきます。
特に、
真面目で優しい人ほど、
ここで無理をします。
本当は苦しいのに、
「私が未熟だから」
「私の学びだから」
「私の波動が低いから」
そんなふうに、
自分を責め続けてしまう。
でも、
まず必要なのは、
“許すこと”ではありません。
「許せないくらい傷ついた自分」
を認めてあげることです。
僕は、
これが最初の救いだと思っています。
心理学でも、
怒りには意味があると言われています。
怒りとは、
「これ以上傷つきたくない」
という、心の防衛反応です。
つまり、
あなたの怒りは、
あなた自身を守ろうとしている。
だから、
まずは、
許せない自分を責めなくていい。
ただ──
そこに居続けると、
人生が止まってしまう。
ここが、
とても大事なところです。
相手を憎み続けると、
人生の主導権が、
ずっと相手のままになる。
「あの人さえいなければ」
「あの人のせいで」
その状態は、
本当に苦しい。
だから、
僕が思う“許し”とは、
相手を無罪にすることではありません。
忘れることでもない。
仲直りすることでもない。
「相手との苦しい関係の場から、自分を救い出してあげること」
なのだと思っています。
最終的に必要なのは、
相手を変えることではなく、
自分を、その苦しみの場から、
静かに離していくこと。
もちろん、
すぐには無理です。
僕自身も、
許せなかったことがあります。
父との関係。
病気だった頃のこと。
裏切られたこと。
今でも、
思い出すことはあります。
でも、
時間をかけて、
少しずつわかったのです。
相手を許したから、
楽になったのではない。
「もう、相手に人生を支配させない」
そう決めたとき、
少しずつ自由になれたんです。
許しとは、
相手のためではない。
自分を、
苦しみから解放するためにある。
だから今日は、
無理に許さなくていい。
まずは、
「許せないくらい苦しかった」
と、自分に言ってあげてください。
本当に必要なのは、
立派な許しではなく、
傷ついた自分を、
ちゃんと抱きしめ直すことなのだと思います。
「もう許せない」
そう思ったこと、
きっと誰にでもあると思います。
「やり返したい」
という相談は、本当に多いです。
でも実は、
その感情を持つ人ほど、
真面目で、
優しくて、
ずっと我慢してきた人だったりします。
だからまず、
その気持ちを責めなくていい。
本当に苦しかったのだと思います。
ただ──
ここで、
感情のまま戦い始めると、
人生はさらに苦しくなります。
今日は、
僕の家系に伝わる、
少し不思議な話を書こうと思います。
時は、
用明天皇の時代。
第三皇子と共に、
鬼が棲みついたと恐れられた
「大江山」へ向かった一団がありました。
その中に、
僕の祖先がいたと、
祖父から聞かされて育ちました。
人々は皆、
刀を抜き、
鬼と戦うのだと思っていた。
でも、
祖先がやったことは違いました。
鬼と戦わなかったのです!
彼は、
鬼の正体を見抜いていた。
鬼とは、
“人の姿をした存在”であり、
さらに、
その土地に蔓延する
淀んだ「気」が、
人を狂わせていたのだと。
だから、
刀ではなく、
祓いと祭祀で、
場を整えた。
荒れた土地を清め、
澱んだ気を鎮めていくと、
鬼たちは、
自ら消えていった──。
この話を初めて聞いたとき、
僕は鳥肌が立ちました。
「戦わずして勝つ」
これは、
単なる昔話ではなく、
今の時代にも通じる智慧だと思ったのです。
心理学には、
「投影」
という考え方があります。
相手を憎み続けるほど、
意識は相手に支配されていく。
つまり、
戦えば戦うほど、
相手中心の人生になってしまうのです。
スピリチュアルでも同じです。
怒りや執着で繋がった相手とは、
エネルギー的にも離れにくくなる。
だから、
本当に大切なのは、
相手を叩きのめすことではありません。
自分を整えることです。
そうすると不思議と、
相手の毒に飲み込まれなくなっていく。
そして、
必要以上に反応しない。
ただ、
静かに、
自分の人生を生きる。
すると最後に、
一番大きな変化が起きます。
それは、
「幸せになることを、自分に許せる」
ということ。
実は、
これが一番効きます。
あなたを傷つけた人は、
あなたが苦しみ続けると思っている。
でも、
あなたが、
穏やかに笑いながら、
人生を立て直し始めると、
相手はそこで初めて、
「もう支配できない」
と気づく。
それが、
本当の意味での
“ギャフン”
なのだと思います。
戦わずして勝つとは、
相手を倒すことではなく、
自分の人生を、
相手から取り戻すこと。
人生を整えることで、
人は、もう一度、
生き直すことができます。
Netflixで話題になっている
「地獄に堕ちるわよ」
あの強い言葉を見ながら、
改めて感じたことがあります。
人は、
不安な時ほど、
誰かに“答え”を預けたくなる。
もちろん、
占いやスピリチュアルが
悪いわけではありません。
でも、
弱っている時ほど、
人は強い言葉に飲まれやすい。
だからこそ、
本当に大事なのは、
まず「現実」を整えること。
昔から陰陽道でも、
「場を整えること」
は祓いの智慧として大切にされてきました。
人生が止まった時ほど、
整えるべきなのは、
運気ではなく、
自分自身なのかもしれません。
続きはこちらから。
https://note.com/shrine0731/n/n6b634d40b86e