クローン病になった時、僕は、自分が一番辛いと思っていた。
自分だけが犠牲者で、周りのことを考える余裕なんてなかったから。
でも、ある日の「母の行動」を見て、それが一変した。
今から25年ほど前、クローン病の治療は「経腸栄養療法」といって、鼻の穴から細いチューブを入れて、点滴の要領で成分栄養を摂取するものだった。
「自分でやるしかない」
それはわかっていた。
でも、自分の手で、鼻からチューブを入れるなんて、絶対に無理だと思っていたし、ましてや、その治療がいつ終わるかわからないのに、そんなの絶対に嫌だと思った。
「死んでもやるもんか」
そう思ったし、だから、医師と喧嘩もしたし、ストライキも起こした。
餓死しようともした。
しかし、身体は正直なもので、何も食べずに餓死しようとしても、お腹はグーグー鳴る。
この時、
「僕が命を諦めようとも、命が僕を諦めないんだ」
って思い知った。
そうして、僕の気持ちが少し落ち着いた頃、医師や看護師、家族のみんなから説得をされて、とりあえず、一回だけ、鼻からチューブを入れてみることにした。
なんとか鼻からチューブを通すことができた!
安心したのも束の間、そこから先が進まない!
喉元を通り越すことが困難で、何度もえずきながら、吐き気と闘いながら、無理やり押し込もうとした。
しかし、無理やり押し込めば押し込むほど、僕の口元からは、唾液や胃液?何かわからないものがダラダラこぼれてきて、悔しくて、悲しくて、情けなくて、涙までこぼれてきた。
「もう、嫌だ」
「せっかく頑張ろうと思ったのに、もう、無理」
僕は、チューブを投げ出して、その場から逃げた。
それから、また少し時間が経って戻ってきた時、びっくりするような光景を目にした。
なんと、母が自分の鼻にチューブを入れようとしていたのだ。
その姿を見た瞬間、目が覚めた!
「僕がやるしかないんだ」
覚悟が決まった。
それまで、僕だけが辛くて苦しいと思っていたけれど、母も辛くて苦しかったんだなって思い知った。
今だからわかるけど、大切な人が苦しければ、自分も苦しい。
愛する人が悲しければ、自分も本当に悲しい。
「辛いのは、本人だけでなく、最愛の人に『何もできない』こと」
それを痛感した。
自分のことしか考えていなかった僕は、本当に自己中だったし、あまりにも傲慢だった。
とはいえ、そんなに簡単に鼻からチューブを通せるわけもなく、失敗を繰り返す度に、愚痴や文句もいっぱい言って、暴言を吐きまくった。
そんな僕は、やっぱり、自己中で傲慢だったと思う。
この体験から、僕は理解したことがある。
それは、どんなことも、無理やり押し通そうと思っても絶対に無理だということ。
まずは、一切の抵抗を手放して、怖さも辛さも、不安も全部、一緒に飲み込む覚悟をする。
そして、決してひとりじゃないんだって理解する。
そうすれば、ようやく力が抜けて、先に進めるということ。
こうして僕は、毎晩、自分の鼻からチューブを挿入し、9時間かけて1日分の栄養を摂取した。
そんな生活を、4年間続けた。
そのおかげで、今ここに病気を克服して「元気」な僕がある。
心からありがとう。
神社昌弘(かんじゃまさひろ:本名)
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今から20年ほど前
「人は見た目が9割」
という本が話題になって、ヒットしました。
当時は、
「外見よりも中身」
が主流で、そのように言っている人が「良い人」に見えたから、あの本は、もしかしたら、衝撃だったかもしれません。
しかし、僕は、その頃から、
「人は見た目が9割!」
それどころか、
「人は見た目が100パーセント」
だと思って生きてきました。
その理由は、僕の闘病時代に遡ります。
今から26年前。
僕がクローン病を患って、自宅療養することになった時、母に付き添ってもらって、大量のエレンタールという栄養剤もらいに行っていたのですが。
毎週、スーツケースを引いて、電車を乗り継ぎ、病院へ向かう途中で、近所の人たちから、いつも、
「またおでかけ、良いわね〜」
「ほんと仲良くて、羨ましいわ〜」
という、京都独特の嫌みを言われていました。
しかも、病院帰りにシルバーシートに座っていると、
「こんな若者が常識も知らんのか」
と何度嫌みを言われたか、わかりません。
僕が、どんなに大変な治療を受けて、どんなにしんどい状態なのか、知りもしないで、勝手に怒られて、本当に悔しい思をしました。
嫌味を言われたり、怒られたりする度に、何度、このスーツケース開けて、薬と栄養剤で詰まっていることを見せつけてやろうかと思ったかわかりません。
当時は、「ヘルプカード」なんてなかったから、ただ耐えるしかありませんでした。
周りに、勝手な勘違いをされて、しかも嫌みまで言われて、それが嫌で嫌で、僕はパジャマのような洋服で、下を向いて、病人丸出しで外出しようとしていたのですが、そんな僕に対して、母は、
「何をしてるの?」
「ちゃんとお洒落をして、シャキッとしなさい」
そう言って、モノトーンの洋服を全て処分して、姉と一緒に出掛けて、明るく元気なファッションを買い揃えました。
「こんなの嫌!」
そう言い返しましたが、
「元気に見られるなんて、幸せなことじゃない?」
「元気に見られているなら、それは良かったじゃない」
そう言って、ただ病院に行くだけなのに、いつも自分からお洒落をして、化粧もバッチリしていました。
母曰く、
「元気に見られたなら、それは元気な証拠」
「もう、大丈夫よ」
今思えば、いつも前向きな母に、どれだけ助けられたか、わかりません。
結局、人は見た目でしか判断されません!
だからこそ、僕は、人の内面を見られる人になりたいと心底思ったし、そのおかげで、カウンセラーを目指したのかもしれません。
僕はカウンセラーになって20年以上になります。
おかげさまで、神社昌弘相談室を設立して10年になりますが、やっぱり、今でも外見は大事だと思っています。
元気が出ない時こそ、しっかり顔を洗って、髭を剃って、髪を整えて、元気な色のお洋服を着て、お洒落をして出かける!
それが基本で、それが大事!
病気を克服するのは、なかなか難しいけれど、外見を変えることは、いつでもできる!
自分を整えて、自分を大事にしていくと、やっぱり前向きな気持ちになって、内からパワーも出てくる。
とはいうものの、僕も最初は、病人であることを丸出しにして、同情を得たい気持ちでいっぱいだったし、お洒落なんてする余裕もなかったです。
でも、母と姉のおかげで、身なりを整えて、外見から綺麗にしていくことで、気持ちが前向きになり、有難いことに、周りからも大事にされてゆくことを体感しました。
そんなある日、
「ファッションは、自分にとっても大事だけど、相手へのおもてなしで、相手への思いやりでもある」
そんなことを目にして、僕は、すごく納得したし、その頃、僕のメンターが、
「どんなに高価なダイヤモンドでも、新聞紙に包んで渡されたら、嬉しくないだろ?大切なものは、ちゃんと箱に入れて、綺麗に包装してこそ、輝き増して、本来の美しさが出る!だから、自分をちゃんとしなきゃダメなんだ」
そう言われて、やっぱり、自分を大事にするためにも、見た目や外見から、ちゃんとすべきだと思い知りました。
「人は、見た目が100パーセント」
です!!!
そんなことを言うと、外見よりも中身の方が大事だと反論する人もいるかもしれません。
けれども、そもそも、人の「見た目」は「中身」を表しているものです。
これは、僕が30,000人カウンセリングしてきた実体験から言えること。
普段の「中身」が、自然に「外見」に現れているし、そもそも中身が美しい人は、性格や品の良さ、人間性が、美しく外見に出ています。
だからこそ、やっぱり、人は、見た目が100パーセントなんだと思う。
神社昌弘(かんじゃまさひろ:本名)
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僕は、クローン病と確定される迄に、「痔(ぢ)ろう」の手術を8回している。
クローン病の初期症状の一つに「痔ろう」があるが、25年以上も前には、まさか、「痔と腸」が関係しているなんて、肛門専門の医師たちはわからなかったようだ。
だから、僕は肛門科で、何度も手術を受けた。
当時、「痔」の手術は、外科手術の中でも、一番「痛い」と言いわれていて、あまりの痛さに、僕は何度も気を失った。
そして、気づいたら、ベットの上。
術後のガーゼ交換や消毒も激痛で、毎回、三人の看護師にはがいじめにされながら治療を受けた。
あまりにも痛過ぎて、何度、看護師を蹴飛ばしたかわからない。
今となっては、本当に申し訳なく思っている。
8回目の手術後、しばらくして、それでも治らなくて、9回目の手術が決定した時、
「もう無理」
「絶対に嫌だ」
「手術するくらいなら死ぬ」
そう言って、手術当日、手術衣のまま逃げ出した。
僕は、男子トイレの一番奥の個室に隠れて、手術時間が過ぎるまで、鍵をかけて閉じこもった。
そうして、9回目の手術がキャンセルされて、一時帰宅することになった。
帰宅してすぐ、近くの神社へ行って
「神様のバカやろー」
「なんで、こんなに僕をいじめるんだ」
「ふざけんなっ」
って叫んだ。
そうすると、神境の奥の方から
「ようやく言えたね」
「もう我慢しなくていい」
「大丈夫だ」
そんな声が聞こえた気がした。
それから不思議なことに、ちょっとずつ症状が落ち着いてきて、なんとか9回目の手術を回避することができたのだが。
その代わり、大きな病院で、全身の精密検査をすることになった。
そこで、クローン病が確定された!
これまで治らなかった原因が、全てクローン病由来だったことが判明し、ホッと安心した。
しかし、クローン病が「指定難病」、つまり、一生治らない病気だと知らされて、一気に地獄へ突き落とされた。
「もうアカン」
「生きていけへん」
「死のう」
頭が真っ白になって、医師の話もほとんど聞けず、また逃げ出した。しかも、全力で!
「入院なんて、まっぴらごめん!これから寝たきりの生活なんて、絶対に無理」
そう思って、勝手にタクシーで自宅に帰り、それから数日後、母に連れられて再び病院へ戻った。
それから、鼻からチューブを通して栄養摂取する絶食生活が、4年間も続くのだが。
いま振り返ると、
もしあの時、全力で逃げていなかったら、きっと、死んでいたと思う。
9回目、10回目の手術を受けて、もう立ち直れなかったと思うし、ズタボロの中で、難病だなんて宣告されたら、僕は、自分で自分をころしていたに違いない。
「逃げる」とは、
一般的に良くないことだと言われているが、
・もうアカン
・もう無理
・死んでしまう
そう思ったら、その場から、全力で逃げたらいいと思うし、絶対に、逃げなきゃいけないと思う。
あの頃の僕は、確かに、周りに迷惑をかけたし、いっぱい心配もかけて、本当に申し訳ないと思っているが、自殺して、周りに迷惑をかけるよりはマシだと思っている。
日本では、逃げずに耐えることが美徳で、我慢することが成長につながると教わるが、そんな名言、僕は大嫌いだ!!!
逃げてもいいし、我慢しなくてもいいし、周りに頼って、甘えて生きてもいい!
とにかく、耐えて、我慢して、自分をころして生きることは、最悪!
それこそが、地獄だ!
もし今、困難に耐え続け、我慢をして、もう無理だと思っている人がいたら、逃げてもいいよ。
全力で逃げてみよう!
そうすれば、きっと新たな道が見つかるよ。
あなたが頑張っていることを見ている人はいるし、必ず、あなたをわかってくれる人たちもいる。
とにかく、一旦、その場から離れて、落ち着いて、冷静になって、仲間を見つけて、一緒に考えよう!!!
大丈夫!
逃げても、ちゃんと次の道があるからね。
頑張り過ぎなくていいよ。
今日も最後まで読んでくれて、ありがとう!
僕は、27歳の時に「あなたにしか起こせない奇跡」を出版した。
この本では、僕の幼少期からの病気、父の死、渡米、8度の手術、クローン病、4年間の絶食、渡豪、渡英、スピリチュアルの学びなどを書いています。
実体験を通して、「奇跡が起きる」ことを語っていますが、僕は、「奇跡は誰にでもつくれる」と思っている。
一般的に、
奇跡と聞くと、神様の魔法で一瞬にして変わったり、摩訶不思議な現象によって人生が好転するようなことを想像されるかもしれないけれど、僕が言う奇跡は、ぜんぜん違う!
言うなれば、
「奇跡は軌跡」
それは、アスファルトの下から、アスファルトを突き破って、小さな芽が出てくるようなことであったり、一滴の水滴が、長い年月をかけて岩に穴を開けるようなこと。
決して、すぐではないけれど、希望を持って、自分とまわりを信じてやり続ければ、それまでやってきた『軌跡が奇跡に』つながる!
奇跡とは、そのようなもの。
僕は、難病患者に指定された時、僕だけは絶対に治ると信じて、海外の医師たちにメールを送り続けた。
日本にいると、一生、クローン病患者から抜け出せないと思ったし、医師の指示に従って、やりたいことを諦めて生きるなんて、絶対に嫌だと思ったから。
そうして、
最初は、クローン病を発見した、アメリカのクローン医師の病院にメールを送り、それから、カナダ、オーストラリア、イギリス、いろんな国の医師たちにメールを送りまくった。
ろくに英語もできなかった僕が、突然、「助けてください」「教えてください」だなんてメールを送るものだから、どんなにメールを送っても、返信は、ごくごく僅かだった。
30〜40通送って、1通返ってくればいいくらいだったように思い出す。
それでも、
世界には、心優しい医師たちがいて、彼らから最先端の治療法や対処法、心理療法やヒーリングを学ぶことができた。
そうして、僕は、あるオーストラリア人医師に出会った。
彼は僕に、
「自分の中から出てきた病気は、自分で治せる」
と言ってくれた。
その言葉を聞いて、
「直接、彼から学びたい!」
そう思った。
そして、周りの大反対を押し除けて、オーストラリアに行き、ひたすら、彼から教わったことを忠実に実践し続けた。
すると、みるみるうちに病状が回復して、一気に良くなっていった。
その時、病気というのは、身体だけをみていてもダメなんだと教わり、心や精神、目に見えない視点からのアプローチも必要なんだと思い知った。
それから、
今度は、それを学ぶためにイギリスへ渡った。
そこでは、ヒーリングや霊的治療の解明に没頭することになるのだが。
おかげさまで、素晴らしい人たちとのご縁によって、奇跡的に回復して、やりたいことを全部やれるまでに元気になったが、そもそもの出発点といえば、
「諦めない!いまここでできることに全力を尽くす」
それだけだった。
「諦めず、希望を信じて、できることをやる」
ただ、それを徹底し続けた。
詳しくは、僕の著書やYouTubeで語っているが、希望を持って諦めなければ、必ず奇跡が起こせる!
今日は、それを伝えたかった。
「あなたにも、必ず奇跡は起こせる」
もう奇跡を待つのではなく、いまここでできることから、最善を尽くしていきませんか?
神社昌弘(かんじゃまさひろ:本名)
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かつて僕は、クローン病で、鼻からチューブを通して、そこから栄養摂取する生活を4年間も送っていた。
だから、症状が落ち着いた寛解期(かんかいき)になっても、食事制限が厳しく、食べられるものは限られていた。
でも、口から食べられること自体が幸せだと思っていたから、どんなに制限されても、どんな食事でも、本当に有難いことだと思っていた。
僕の食事は、基本、少食粗食のベジタリアン食で、消化器官に負担がかからない
・低脂肪
・低残渣
・低刺激
・高タンパク
・高カロリー
を意識した食事だった。
それを10年以上も続けた。
そのおかげで、海外で働けるくらい元気になって、イギリスでは、日本語教師をしながら、スピリチュアルの専門学校に通い、専門的な勉強もできた。
けれど、10年くらい経ったある日のこと、
「もう、こんなに元気なんだから、好きなものを食べてもいいんじゃない?」
「お酒も飲もうよ!」
「そんな修行僧みたいな生活しなくてもいいんじゃない?」
「あなたは、修行するために生まれてきたんじゃないのよ」
「あなたは、幸せになるために生まれてきたのよ」
そう言われて、妙に納得して、恐る恐る、「肉」を食べてみた。
すると、身体に衝撃が走るぐらい美味しくて、内からパワーがみなぎってくるのを感じた!
言葉では言い表せない高揚感に包まれて、そこで「肉」のパワーを思い知った。
「肉って、凄い!」
「美味しいって、ホンマ幸せ」
本気でそう思ったし、同時に、それまでの僕が、食べたいものを我慢して、実は、物凄く辛くて苦しんでいたことに気づいた。
20代の若者が食事をできなかったのだから、それは辛くて、苦しくて当たり前だ。
それなのに、僕は、それを隠して、耐えて、それでも有難いって思うとしていた。
本当は、食べたかったのに、自らの想いを封印して、感情を誤魔化して、いつも自分を麻痺させていたことを痛感した。
そうして、
「もう、我慢はイヤ!!!」
「僕も、好きなものを食べたい!」
「もっと、お肉を食べたい!」
そう思った。
それから、肉を食べるために、本気で病気を治そうと思ったし、自分の身体と対話をして、食事を追求して、できる限り、できる範囲で、日々の食事をこだわって、一食一食を有難く楽しむようにした。
すると、
人生に「色」が出た!
それまでグレーだった世界が、パッと明るくなって、どんどん体調もよくなって、肌艶も良くなった。
しかも、
驚いたことに、病気が治った!
この時、「美味しい幸せは、人を元気にする」ことを思い知ったし、何より、「人間は、日々の食べ物でできている」ことを体感した。
食べたいものを我慢して、食事制限を徹底して、完治を目指していた時は、いつも再発を恐れて、ビクビクしていたけれど、『完治ではなく元気』を目指して、自分に素直になって、生き直し始めると、人生が一変した。
15年間、ずっと52キロだった体重が、65キロに増えて、ようやく、身長177センチに見合う体型になれたし、筋肉もつけることができた。
こうして、
クローン病を発症してから26年になるが、再発をしたことはない!
もちろん、これは僕の実体験だから、すべての人に共通するわけじゃないし、医学的な根拠があるわけでもない。
だから勝手なことを言ってはいけないし、真似もしてほしくない。
だけど、それでも、肉のパワーは凄いことや食事が大事だということを言いたかった。
もし、気分が沈んでいたり、メンタルがやられたり、精神的に落ち込んでいる人がいたら、まずは、肉を食べに行ってほしいって思う。
長生きしているご長寿さんたちも、みんな「肉」を食べて、元気にしているよね?
やっぱり、肉には、もの凄いエネルギーがあるんだと思う。
そして、僕たちの身体が、日々の「食事」で出来上がっていることに気づいて、スマホやテレビを見ながら食べるのではなく、一食一食に集中して、よく噛んで、感謝して食べるべきだ。
たとえ誰が見てなくても、パックのままで食べるのではなく、せめてお皿に盛って、
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
という意識で、食事を大切にしていれば、絶対に元気になれるんだと思う。
僕たちは、自分の中に入ってくる食物で生かされているし、それで成り立っているんだから、もし、人生でうまくいっていない人がいれば、食生活から見直した方がいい。
僕は、絶食の4年間で、食事が当たり前でないことを思い知ったから、どうしても、おせっかいに人に対して「食」の大切さを教えたくなるけれど、これを読んでくれたのなら、せめて今日の一食、ちょっと意識を進化させて食事をしてみてほしい。
あなたのちょっとした意識の進化が、必ず人生を変えてくれるから。
そして、感謝をして食事をすれば、絶対に、あなたが生きるパワーになってくれるからね。
神社昌弘(かんじゃまさひろ:本名)
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