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心の処方箋

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2020/03/20
ご先祖さまは“たたら”ない!  

こんにちは。

神社昌弘です。

 

今日は、春分の日

お彼岸(ひがん)の中日ですね。

 

春のお彼岸とは「春分の日」を中日に、前後3日間、計7日間が「お彼岸」になりますが…

 

・3月17日(火)彼岸入り

・3月20日(金)中日(春分の日)

・3月23日(月)彼岸明け

 

この時期には、お墓参りに行かれる方も多いかもしれませんね。

 

春分の日は、太陽が真東から上がって真西へ沈みますが、この日に、あの世とこの世が通じやすいようで、昔の人たちは、このタイミングで先祖供養をすることによって、ご先祖様たちと交流をしていたようです。

だから、いまでも、その風習が残って、お墓参りをするのですね。

 

僕もお墓参りに行きたいのですが、最近は、いろんな事情で行くことが難しくて、うしろめたさと罪悪感を持つことが多いです。 

そんな時、日頃、お世話になっている和尚様は、

「それでもいいです」

「お墓参りをしないからといって、先祖がたたることは絶対にありませんから大丈夫です!

とおっしゃってくださいます。

 

もちろん、お墓参りに行けたらご先祖様も喜ばれるだろうし、それはそれでいいのでしょうが、それができなくても大丈夫!

心配は要りません。

 

お墓参りをしないからといって、罰をあてられたり、病気になったり、事故に遭うことはありません!

 

もし仮に、そんなことがあるとしたら、それはご先祖様のせいではなく、自分のせいです。

自分のうしろめたさや罪悪感、「たたりがある」という悪い予感を信じている姿勢が、そのような現実を引き寄せているのでしょう。

 

そもそも、僕たちが亡くなって、あの世からこの世を見た時に、自分の子孫が墓参りをしないからといって“たたり”ますか?

そんなわけがありません!

 

僕たちが生まれてくるまでに、沢山のご先祖様たちが関わってくれて、そのおかげで、いまここに「僕たち」がいます。

だから、この「大切ないのち」を脅かすことなどありえません。

もしそれでも心配な方がいたらこちらをご一読ください。

  

お墓参りができても、できなくても、せっかく、このブログを見てくれたなら…

せめて今日くらい、ほんの少しでいいから、過去から引き継がれた「いのち」に意識を向けて、その場で手を合わせて、そっと、ご先祖様たちに感謝ができるといいですね。

 

そして…

 

いまここで、とびっきりの笑顔で喜んでいる姿(命を輝かせている姿)を見せられたら、きっとご先祖様たちは、あの世で大喜びしてくれると思います。


2020/03/19
「本物」かどうかを確かめるポイント!  

こんにちは。

神社昌弘です。

 

僕は、いつもポストカードをプレゼントしているのですが…

(ご希望の方だけにですが…)

自作の1,300種類の中から“8枚”をカバンに入れて持ち歩き、出会った人に“直観”で選んでいただいています。

 

そのポストカードの裏には「名刺」を入れているのですが…

以前、僕は、そこに着物姿の名刺を入れていたことがあります。

 

父も母も茶道や華道を習っていたことがあり、僕も少しばかり茶道や華道を習っていたので「着物」は好きだったのですが、実は自分の着物を持っていなくて、いつもレンタルしていました。

 

もちろん、その名刺に写っている着物はレンタルで、自宅ではない凄い場所で撮影したものでした。

 

それなのに、

まるで自分の着物のように…

しかも自宅のように…

振るまっていたんですよね。

 

そんなある日のこと。

 

大企業の会長の奥様と御縁をいただいて、名刺交換をした際に、

「うさんくさい」

「これ、あなたの着物じゃないでしょ?」

「ありのままの“等身大”の自分に戻しなさい」

「これだと、あなたの“本当の良さ”が伝わらない」

って言われたんです。

 

すごいショックを受けましたが「バレた」って観念しました。

 

最初は、イラっとしましたが、その後、すぐに恥ずかしさが込み上げてきて、顔から火が出る思いでした。

見る人が見たらわかるんだなぁと思って、すぐに名刺を作り替えることにしました。

 

そうして、その日の内に名刺を処分して、新たに作り替える手配をして、出来上がると同時に、再度ご挨拶に伺うと、あまりの速さにびっくりされて、とても気に入ってもらえました。

 

それ以来、とてもよくしていただいているのですが、自分が特別なことをしようとしている時や凄いことをしようとしている時ほど、細心の注意が必要だと思いました。

 

とはいうものの、知らない間に傲慢になったり、勘違いするような時もあるので、ショックを受けた時やイラっとした時こそチャンスだと思って、定期的に「注意」してくれる人に出会って、率直なアドバイスをいただくようにしています。

 

僕がこれまでに教わった、その人が本物かどうかを確かめるポイントは3つあります。

・身分相応の生活をしているか

・その人のまわりにいる人が、明るくて楽しくしているか

・家族や身近な人に怒鳴りつけていないか

です。 

 

もし自分の中に、ゆるぎない自信があれば、外見にこだわる必要はありません。

見た目が普通の人の方が、実は本物の場合も多いので、僕も等身大の自分で“ありのまま”にいたいと思います。


2020/03/18
「凄い人」だと思いたい!思われたい?  

こんにちは。

神社昌弘です。

 

僕の趣味はカメラです。

アマチュアカメラマンだった母の影響を受けて、2007年から本格的に写真撮影をするようになりました。

おかげさまで、フォトエッセイ集も2冊(しあわせのありかあなたらしく咲く)出版できて、即完売しました。

 

好き勝手に撮影しているだけでしたが、年数を重ねる度に良い写真が撮れるようになり、まわりからも認められて、普通の写真では物足りなくなっていきました。

いつしか、みんなを驚かせる凄い写真を撮りたくて、いろんなパワースポットにも出かけるようになりました。

 

ある日のこと。

有名なパワースポットに到着した瞬間、もの凄い光が差し込んできて、これは奇跡だと思って、急いでカメラに収めました。

 

その写真には、明らかに不思議な“銀色に輝く光”が写っていました。

よく見ると、それは七色に光っていて、どこか荘厳な雰囲気を醸し出していました。

 

しばらくして、その写真を恩師に見せたことがあったのですが…

 

「この写真、凄いでしょう!?」

「あるパワースポットで撮影したんですが、この凄まじい光を見てください!」

「この光が僕を包み込んで、凄いエネルギーをもらったんですよ!」

 

興奮して説明し終えると…

 

「たまたまだね」

って言われて、

 

「えっ?」

と拍子抜けしていると、

 

「これは勘違いだね」

って言われて、イラっとしました。

 

その時、ハッと目が覚めました!!

 

僕は「自分が特別だ」と思いたいところがあったんですね。

悲しいことに、いつも「自分が凄い人」だと思いたいところがありました。

だから、わざわざ凄い写真を見せつけて「神社さんは特別」「やっぱり凄い」と言わせたかったんですよね。

 

もし仮に、それが、本当に凄いエネルギーだったら、すでに『本当に凄いこと』、つまり、急に僕の著書がベストセラーになったり、宝くじが当たったり、大金が手に入ったり、奇跡のようなことが起こっているはずなんですよね。

でも、僕自身に奇跡が起こっていないということは、やっぱり『たまたま』だったのでしょう。

 

もちろん、僕自身が幸せを感じて、それに感動しているだけであれば、それはそれでよかったのですが…

それを誰かに見せたり、確認したり、それで凄いと言ってもらいたかったというのは、やっぱり、それは勘違いだったのです。

 

スピリチュアリズムを追究していた頃、僕は、他の人よりも感性が鋭いというだけで、いつも、心のどこかで、今の自分は本当の姿ではないと勘違いをしていて、本当の自分は別のところにいて、いつかウルトラマンのように変身できるんだと思っていたように思い出します。

 

本当の自分は、いまここにある『そのまま』の自分なのに、いつも別のところにいる自分を夢見ていた自分を恥ずかしく思います。

でも、その間違いと勘違いの経験があるからこそ、『ありのまま』という意味の、本当に深い部分を理解できるようになれたと思います。


2020/03/17
霊より怖い○○  

こんにちは。

神社昌弘です。

 

2006年10月〜

僕は、幼少期からの疑問を解決するべく、イギリスで、目に見えない世界(スピリチュアリズム)を学問的に勉強し始めることになりました。

 

ロンドンで出逢った霊能者が、僕に「サイキックサイエンス」を専門的に学ぶように勧めてくれて、それから本格的に勉強するようになったのですが…

金銭的な面と、ビザの関係で、そこで出会った恩師や講師たちとは文通やメールのやりとりを通して、色々学ばせていただきました。

年に一度、イギリスへ通い、現地では復習を兼ねた実践練習を積み重ね、それは恩師が亡くなる2012年まで続きました。

 

イギリスで勉強をする前、僕は霊に対して、どこか恐ろしいイメージや勝手な先入観を抱いていました。 

でも、恩師から言われた一言で、その意識が一変しました。

 

「あなたの偏見の方が怖いわ」

「勝手なイメージで物事を見ていることが恐ろしい」

 

そんなことを言われて、びっくり仰天!

でも、図星だと思いました。

 

この世で一番怖いのは「人間」の方で、僕たち人間が、勝手に物事を決めつけたり、狭い価値観のもと、見たり聞いたりして、それぞれに意味づけしているところなんだなぁと思いました。

 

恩師は、どんなものに対しても、愛をもって「対等」であることを教えてくれて、みんなが、お互いを尊重し合って対等でいるところからしか、何も始まらないと言っていました。

 

恩師から学んだことは、凄い技術はもちろん、振り返ってみれば、見方をクリアにして、愛をもって対等であることを学べたことが、一番よかったと思っています。

 

もし、いま、霊が怖い人がいるなら、それは目に見えないものに対して偏見を持ち、勝手に怖いイメージをもっているだけのことです。

 

もちろん、生きている人間と同様に、霊にも怖いものもいますが、「わからないもの=恐ろしい」という公式のもと、何か悪いことをされると信じ込んでいるところが、恐怖を増幅させてしまっています。

 

一般的に、霊にとりつかれる人の特徴としては、以下のようなものが挙げられるのですが…

 

・霊や見えないものに対して勝手な先入観を持っている

・自己肯定感が低く、いつも自分の方が下だと思っている

・「No」が言えない「要らない」「止めて」など断れない

・相手の方が正しいと信じて、自分の意見をハッキリと言えない

・言行不一致、など

 

そもそも“なにか”にとりつかれるというのは、自分の言動にスキがあるからで、そのスキに“なにか”が入り込んできているだけのことです。

これは、霊に限ったことではなく、生きている人間も同様ですよね?

 

相手が悪いのではなく、また自分が悪いのでもなく、偏った見方から出発して、相手を悪者にしたてて、不安でものごとを見ているからおかしくなるんですよね。

 

僕は、イギリスでスピリチュアリズムを学びながら、決して特別ではない、ごく当たり前の「対等」の基本姿勢と在り方を学ぶことができました。

そのおかげで、これまでの見方が一変して、一気に味方が増えたように思います。


2020/03/16
特別なことは“何も”しなくていい?  

こんにちは。

神社昌弘です。

 

僕の名字は「神社(かんじゃ)」という珍しいものです。

そのため、昔から「家は神社(じんじゃ)なの?」「お父さんは、神主さん?」と聞かれることがよくありました。

いまでもよくありますが…。

 

個人的には、神様から選ばれた由緒正しき家で、先祖代々継がれる立派な家系だと思いたかったのですが…

実際のところ、父も祖父も公務員で、兼業農家、僕の幼少期は、一家四人、たった二間に小さなキッチンがついた職員住宅で過ごしていました。

 

大昔の出生をたどると、多少の謂れ(いわれ)はありますが…

それも、ご先祖様たちが立派なだけで、決して、いまここにある「僕たち」が凄いわけではありません。

 

それなのに、僕は「かんじゃ」というブランドに固執して、何か特別な使命があるはずだと思い込み、独自の感性や能力を開発することに必死でした。

有難いことに、目に見えないものと対話をしたり、不思議な感性を尊重しながら育てられたおかげで、それなりに特別なことはできるようになっていきましたが…

 

それに比べて、父は「かんじゃ」という名前に固執することなく、むしろ、その名前は恐れ多いと、日々控えめに、目立たず、ひっそり過ごしていました。

まわりからは「仏(ほとけ)の神社(かんじゃ)さん」と呼ばれて、ごく普通の、ごくあたりまえのことを大切にしていました。

 

僕は、そんな父が大嫌いでした。

絶対に「あんな平凡にはなりたくない」と思っていました。

 

でも…

そんな意識が一変する出来事がありました。

 

それは、父が亡くなった二日後のこと。

父のお葬式のことです。

 

なんと、900人以上が参列したのです!

 

バカ正直で、クソ真面目で、アホほどお人よし…

本当は、もっとできるはずなのに、いつも控えめで、自分は裏方にまわり、いつも損ばかりをして、人の依頼ばかりに振り回されて…

そんな父が大嫌いでしたが、その香典帳に書かれた929名の名前を見て、僕は、深く反省すると同時に、目が覚めました!

『特別なことは“何も”しなくていい!』
父から教わったことは…

ただ、毎日を丁寧に生きること。

ただ、目の前にいる人の役に立つこと。

ただ、人の嫌がることを率先してやること。

ただ、どんな依頼に対しても「はい」と笑顔で答えること。

ただ、損得よりも喜ばれることを優先すること。

ただ、神仏に感謝をして、自分に正直に生きること。

 

ただ、それをするだけで…

こんなにも多くの人たちから愛されて、ごく自然に慕われるということでした。

「もし僕がいま死んだら、いったい、何人が会葬してくださるだろうか?」

 

改めていま、自分自身を振り返り、目の前にいる人に喜んでもらえるように、毎日を丁寧に、心を込めて生きたいと思います。

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