こんにちは。
神社昌弘です。
僕は、幼い頃から不思議な体験をすることが多く、目の前で父を亡くしたことや自身が難病を患ったことをキッカケに、17歳〜37歳までの約20年間、日本とイギリスでスピリチュアリズムを追究してきました。
僕の人生、あまりにも理不尽で、納得ができないことが多かったから、その意味や理由を知りたくて、ただひたすらに「答え」を探し求めていたのですが…
どこにいっても納得できる「答え」はなくて、気づけば、あの世や宇宙、外にばかり目がいって、自分の気持ちや感情は置き去られていきました。
自分を救えるのは「自分だけ」で「答えは自分の中」にある!
これは恩師たちが、いつも教えてくれたことで、どの本にも書かれている内容です。
おそらく、一度でもスピリチュアリズムを学んだことのある人なら、当たり前の「答え」ですよね?
もちろん、僕も頭ではわかっていました。
でも、それに納得できませんでした。
それにはワケがあるんです!
僕は、幼い頃から人一倍信心深くて、神様やご先祖様たちを崇拝して、お祈りをしてきたので、僕は自分ではなく、
「神様やご先祖様たちに救ってもらいたくて、彼らから答えをもらいたかった」
のです。
でも…
やっぱり、自分を救えるのは自分だけで、自分の中にしか「答え」はないということを、ことごどく思い知らされました。
そして、20年以上もバカなことをやってしまいました。
いまとなっては、これも貴重な財産ですが、このようにして、僕はスピリチュアリズムが大嫌いになりました。
そして、大好きだったということもわかりました。
この実体験は、自身の著書「スピリチュアルが教えてくれたこと」でも書いていますが…
スピリチュアルが大嫌いな理由は、人を惑わす大きな力をもっているから。
反面、大好きな理由は、自分らしく“いまここ”を生き抜く知恵があるところです。
僕はいま、この大嫌いと大好きの狭間で「スピリチュアリズムを日常で活用する方法」を伝えたくてウズウズしています。
せっかく20年も追究し、大間違いと大失敗をしてきたから、この学びと気づきをシェアしたいのです。
運よくイギリスの専門学校で、最上級の先生たちから特別授業を受けさせていただき、世界各国の仲間と共に直接指導を受けられたので、そこでしか体得できなかった知恵と技術を、これからは赤裸々に伝えることによって、ほんの少しでも、あなたの人生に生かしてもらえたらいいなと思っています。
もし直接質問したい方は、4/19(日)大阪へお越しくださいね。
https://www.reservestock.jp/events/403279
こんにちは。
カウンセラーの神社昌弘です。
僕には「自閉症」と診断された甥がいます。
今から16年前のこと。
彼が、まだ1歳8ヵ月の時に「自閉症」だと診断されて、家族が泣き崩れたことがありました。
そのストーリーは、母が著書の中で書いていますが…
(あなたの言葉に逢いたくて:神社啓子著)
おかげさまで、早期発見と血のにじむような努力、まわりのサポートによって、今では元気に高校に通っています。
僕は、自閉症が改善されたことを誇りに思い、この奇跡を一人でも体験してほしくて、母や姉の実体験を冊子にして無料配布したり、自身の勉強会でお話したり、ブログで伝えたりして、障がいを持った子どもたちが、少しでも早く良くなるように貢献したいと思って活動をしていました。
そんなある日のこと。
ボランティアで訪れたある施設で、僕は自分の間違いに気づかされました。
その日、僕は、目の不自由な男の子を担当することになったのですが…
その子と過ごす中で、彼の目が見えることはないと知って、これまで自分がやろうとしてた間違いに気づいたのです。
僕は「障がい」を改善したり、「取り除く」ことばかりを考えて、勝手に良くしようとしていたけれど、どんなことをやっても、何をしても治らないものがある…
その事実を目の当たりにした時…
本当の教育とは、たとえどんな状況であっても、どんな環境にあったとしても、その子が、そのままで「幸せ」に生きていけるようにお手伝いすることだと思い知ったのです。
この時…
自分勝手に、独りよがりに「直そう」としていた自分を深く反省しました。
かつて…
上皇后美智子さまが、こんなことを話されていました。
「幸せな子」を育てるのではなく、どんな境遇におかれても「幸せになれる子」を育てたい
この言葉を忘れないで、心に留めておきたいと思います。
こんにちは。
カウンセラーの神社昌弘です。
僕は20代の頃、英会話教室でアルバイトをしていたことがあるのですが、なぜか保護者から“進路相談”をされることがよくありました。
ある日のこと。
高校生の娘さんを持つ母親から、
「娘が転校したいと言い出したのです。どうしたらいいですか?」
と相談を受けて、
「なぜ、彼女は転校したいって言っているのですか?」
と聞き返すと、
「英語のレベルが高すぎてついていけないから…」
というものでした。
本来、塾の講師であれば、
「ウチでフォローしますから大丈夫です!任せてください」
と言うべきなのでしょうが、僕は、すでに彼女がめいっぱい頑張って、もうこれ以上「無理」だということを知っていたので、
「娘さんの希望通りにはできませんか?」
と伝えたら、ひどく怒られました。
「ここまで頑張ってきたのに…せっかく良い高校なのに…」
「なんでそんなことを言うのですか?!」
「あなたは講師失格よ!」
怒りまくっていた母親に対して、僕は、
「彼女がいま一番望んでいることが、彼女にとって一番良いことだと思います」
と答えたら、余計に怒らせてしまって、全く聞く耳をもってもらえませんでした。
そこで
「もし彼女が、転校したらどうなるのですか?」
と尋ねると
・良い大学に入れない
・良い会社に就職できない
・良い人に出会えない
・良い結婚ができない
・幸せになれない
そんな答えが返ってきました。
親が子どもを思う気持ちはわかりますが、そもそも「良い」って何なのでしょう?
「幸せ」って何なのでしょう?
あなたの「幸せ」が子どもの「幸せ」なのでしょうか?
なぜ、子どもが望んでいる幸せの観点から考えられないのでしょうか?
一生懸命に娘さんのことを思われている気持ちもわかりますし「あとちょっと頑張ってもらいたい!」「ここを乗り越えてもらいたい!」そんな気持ちもあると思います。
でも、本当に彼女の「幸せ」を考えるなら、いまここやるべきことは、自分の想いを押し付けることではないですよね。
こんなことを書くと「甘い」「わがままになる」と言われるかもしれません。
でも…
もし、あなたが両親に「甘えるな!」「もっと頑張れ!」「耐えろ!」と言われ続けて、辛抱しながら頑張り続けたら、大人になった時、親に心から「ありがとう」と言えますか?
おそらく、忍耐力と我慢強さは身につくので、多少の感謝はできると思いますが…
自分の「本音」を聞き入れてもらえなかった傷は深く残るはずです。
…あのとき私の本音を聴いてほしかった…
そんな想いは一生消えることはありません。
僕は、彼女のような真面目な生徒たちが、親の期待に応えるために、必死に自分を押し殺し、心を病んできた事例をいっぱい知っているので、もし可能なら、まず、幸せの形はさまざまだと知っていただいうえで、子どもが望んでいる「幸せ」を聴いて、子どもの視点から「幸せ」を考える余裕をもっていただけたら嬉しいなと思います。
こんにちは。
カウンセラーの神社昌弘です。
僕の趣味は「読書」で、おそらく一般成人男性よりも多く本を読んでいると思います。
だいたい2日に一冊ペースで“本”を読んでいます。
毎日、新しい情報が入ってくるので、「これだ」と思うことを、つい、すぐ、みんなにシェアしたくなるのですが…
「これだ」と思った時ほど、まずは、僕自身が「実践」してみることを心掛けています。
それは、僕が講演をやり始めた時に、僕を指導してくださっていたメンターから、
「君の実体験から得たメッセージは重くて響くけど、君が本で学んだような知識は軽くて響かない!」
そんなことを言われて、
メッセンジャー(伝えるだけの人)ではなく…
ジッセンジャー(実践して意味のあることを伝える人)になりなさい!
とアドバイスをいただいたのです。
ジッセンジャーとは、うまく言ったもんだなぁ〜と思いましたが、まさに実践こそが大切だということを学び、それ以来、心に留めて大切にしています。
実践すると、言葉に「重み」が加わります。
確実に言葉に「力」が宿ります。
だから、お客様に伝わるんですよね。
もし、いま相手に通じないことがあるなら、それはまだ自分の実践が足りないのだと思います。
そして、まだまだ「口先だけ」なのでしょう。
せっかく御縁があって、このブログを読んでくださっているあなたがいてくれるから…
あなたの心に届けるために、今日も僕はジッセンジャーとして頑張りたいと思います(^_-)-☆
こんにちは。
カウンセラーの神社昌弘です。
3月11日は、日本人にとって忘れられない日であり…
2020年の今は、コロナウイルスで「大変」な状況だからこそ…
いまこそ「大」きく「変」わる時で、身近な人を無償に愛することや他人を心から想い合うこと、共に助け合うことを忘れたくないと思います。
今日は、僕が忘れられない「愛を考えさせられる話」をシェアさせてください。
まずは、こちらをご一読ください。
以下は、かつて読んだ三浦綾子さんの書かれた「お話」です。
(もし内容が間違っていたらごめんなさい)
朝鮮戦争で負傷したアメリカ人青年が、アメリカの病院に送還された時、その青年は、父にこんな電話をしたようです。
「僕には、両足を切断された親友がいる。その親友も一緒に我が家へ連れて帰ってくれないか?」
父は2〜3日くらいならいいと言ったようですが、その青年は、
「一生、その親友の面倒をみてやって欲しい」
と頼みました。
でも、父はそれはできないと断り、息子を迎えに行きました。
そして、父が病院へ着いた時…
父は医師から息子の遺品を手渡されて、衝撃の事実を知りました。
なんと、彼が自殺をしたのです!
実は…
両足を切断された親友というのは息子だったのです。
これを読んだ時、僕は衝撃すぎて、しばらく固まって動けなくなりました。
親は、どこか「わが子だけが良ければいい」と思っているところがあります。
もちろん僕も、もし彼の父親だったら、同じような状況になっていたと思います。
肉親の愛情というものは「エゴの塊」で、きっと、そういうものなのでしょう!
亡くなった青年は、自分自身が、本当に大変な状況になってしまったから、他人の子どもの面倒を見るくらいの覚悟じゃないと無理だとわかっていたのかもしれません。
だから、それくらいの覚悟が父にあるのかどうかを確かめたかったのかもしれません。
僕自身も、クローン病の診断が確定される前に、8度の手術で心身ともにズタボロになっているうえに、大金が必要になり、経済的にも追い込まれ、しかも更に追い打ちをかけるように4年間の絶食が始まり…
家族みんなを巻き込むことになってしまい、それが耐えられなくて、自殺未遂をはかったことがあります。
とにかく逃げたい気持ちでいっぱいでしたが、心のどこかで、家族が僕の面倒を見る覚悟があるのかどうかを確かめていたのかもしれません。
…大切な人の重荷にはなりたくない…
…僕さえいなければ…
そんな思いで自分を殺そうとしましたが、僕の場合は、家族みんなが助けてくれました。
まわりのみんなが「ただ生きていて欲しい」と願ってくれて、すぐ傍で支えてくれたから生きれたんですよね。
そこには、母と家族と、まわりの本物の「愛」があり、無償の「愛」、愛する「覚悟」がありました。
大変な時こそ、
…自分だけではない…
…家族だけでもない…
…まわりに対しても…
ほんの少しでいいから、それぞれが「愛」を配れるといいなと思います。