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人生を「修行」だと思い続けてきた人へ

2026/01/07

それ、気づかないうちに心を固くします

人生はつらいもの。

我慢して、耐えて、乗り越えるもの。

そんなふうに生きてきませんでしたか。



わかります。

実際、そうやって生きてきた人ほど、真面目で、責任感が強くて、人に迷惑をかけない人が多い。


「人生は修行だから」

「楽をしちゃいけない」

「自分さえ我慢すれば丸くおさまる」


そう信じて、一生懸命やってきた。

それ自体は、間違いではありません。


ただ──

ひとつだけ、現場で何度も見てきた事実があります。


人生を“修行”だと思いすぎると、

心が少しずつ固くなるということです。


自分にも、人にも、厳しくなる。

余裕がなくなり、正しさが先に立つ。


気づけば、「わかってない人」を裁く側に立ってしまう。


本人は悪気がない。

むしろ「良かれと思って」やっている。


でもそれは、

“成熟”ではなく、

疲れきった正義になってしまうことがある。


ここで、少し視点をずらしてみてください。


人生は、修行ではありません。

少なくとも、「苦しむことが前提」ではない。


生きる中で学びが起きることはある。

痛みから気づくことも、確かにある。


でもそれは、

楽しまない代償として与えられる罰ではない。


本当に人にやさしくなれる人は、

自分の機嫌を、自分でとれている人です。


本当に社会に貢献できる人は、

自分をすり減らしている人ではなく、

自分らしく生きている人です。


スピリチュアルの世界でも、

「目覚め」や「成長」という言葉が使われますが、

それは何か特別な存在になることではありません。


むしろ──

ちゃんと日常に戻れているか。

ちゃんと笑えているか。

ちゃんと、自分を嫌いにならずに生きているか。


そこが、何より大事です。


人生を楽しんでいる人は、

誰かを見下しません。

誰かを説教しません。


「こうすべき」も、あまり言わない。

静かで、柔らかくて、でも芯がある。


それは、

修行を終えた人の姿ではなく、

無理をやめた人の姿です。



もし今日、

「人生は修行じゃなくてもいいのかもしれない」

そんな気持ちが、ほんの少し芽生えたなら──

それだけで、もう十分です。