本音って、言えそうで言えない。
大人になればなるほど、言葉より“空気”を読んでしまう。
そして気づけば、「心の声」だけが置き去りになる。

誰かに本音を伝えることは、簡単そうで実は高度な“精神の筋トレ”です。
まわりに気を遣い、
その場の調和を崩したくなくて、
相手の立場を思えば思うほど、口が重くなる。
本音を言うというのは、
「傷つく覚悟」があるということ。
まるで告白と同じです。
想いを伝えた瞬間、心が丸裸になる。
だからこそ、誰しも本当は言いたくない。
できれば避けたい。
でも、避け続けると、
心はいつまでも悶々とし続ける。
癒えないのは、
言えないから。
大人の多くは
「傷つくくらいなら、黙っておくほうがマシ」
という選択をします。
それは、ある意味で“生存戦略”として自然なこと。
けれど――
それを繰り返していると、自分の心がどこにあるのか見失っていく。
だから、カウンセリングの場では
全部、なんでも、そのまま話してもらっています。
もちろん、無理強いは一切しません。
話したいところだけ、話せるところまでで大丈夫。
本音を引き出すとき、僕がよく使うのが
この三段階の質問です。
たったこれだけで、
驚くほど“心の核心”が顔を出します。
ただし——
本音は「出していい場所」で練習しないと難しい。
いきなり職場で言うとか、
いきなり家族に直球をぶつけるとか、
それは誰だって怖い。
まずは安全な場所で、
安心できる相手と、
少しずつ、
自分の声を取り戻すところからでいい。
本音を言えるようになると、
心って、本当に早く癒えるんです。
“言えた”という感覚は、
その人にとって大きな回復の一歩になる。
どうか今日も、
あなたの心の声をひとつ、
そっと拾い上げてあげてください。
それが、あなたを守る力になります。

昨日、久々に交流会に参加してきました。
思わぬ刺激と、“本来の自分”を見直す時間になりました。
やっぱり、無難に生きるって……実は一番むずかしい。

昨日は、いつもカットでお世話になっている
マルスタジオの潔さん主催の交流会に参加させていただきました。
交流会なんて、もう何年ぶりだろう。
会場に入った瞬間、「若さ」と「気迫」と「熱量」に圧倒され、
思わず背筋が伸びました。
集まっていたのは、ほとんどが
経営者・自営業・副業を頑張る方々ばかり。
未来に希望を持ち、“自分も周りも幸せにしたい”という意思のある人たち。
そして、全員が“普通じゃない”
いい意味で、とびきり個性的で、
自分らしさをどう活かすかを真剣に考えている人だらけ。
そんな中で、なぜか僕は、
「いやいや、今日のメンバーの中じゃ、僕が一番“普通”やろ」
と思っていたら——
周りからは、しっかり「変人認定」されました。
まぁ、ですよね。
病気をして、イギリスに渡って、
スピリチュアルを学問として学んで、
サラリーマンを経て、独立して10年。
冷静に考えたら、普通じゃない(笑)
でもね、こういう場に行くと毎回思います。
「普通だと思っている人」ほど、めちゃくちゃ変わっている!
けれど、多くの人はそれに気づかない。
いや、気づいていても“バレたらまずい”みたいに扱っている。
だから、変わっている部分を隠して、
あえて「普通」「無難」に寄せようとする。
でも——
そもそも、“普通”の人なんてただの一人もいない。
“普通になりたいと思っている人”が存在しているだけ。
そして……
「普通でいよう」とするほど、人は自分を失っていく。
なぜなら、普通でいようとする努力って、
「自分の個性を削る作業」だから。
本当はね。
何も盛らなくていい。
何かを隠さなくていい。
ただ息をして、そこに立っているだけで、
すでに“あなたという唯一無二の個性”が完成している。
それなのに、みんな口を揃えて言うんです。
「変人って思われたくないんです…」
わかる。
僕もそうだった。
「変わってる」なんて評価、昔はすごく嫌だった。
“頭がおかしい人”みたいに聞こえてしまって。
だから、必死で普通のフリをした。
背伸びして、合わせて、整えて、丸めて。
——でもムリ。
そもそも名前が「神社」やし。
どう足掻いても普通の道は無かった(笑)
だから、ある日ふっと思ったんです。
「あぁ、無駄な抵抗はやめよう」
するとね、不思議なほど人生が軽やかになった。
個性を隠さず、整えすぎず、
あるがままのままで立ってみる。
すると、自然に道が開いていく。
受け入れてもらえるし、必要としてもらえる。
そして何より——
自分が楽になる。
交流会で若い方々と話して、改めて感じました。
“普通じゃない”ことは、欠点じゃない。
武器です。
あなたが持つ「変わっているところ」は、
社会に必要とされる“尖り”であり、魅力であり、才能。
どうか怖がらずに。
そのまま、堂々と。
無難に生きるより、
あなたらしく生きるほうが、
何倍も美しく、強く、しなやかです。
「イエス」と言ってしまう自分がいる。
「ノー」と言えないまま、また笑ってしまう。
優しい人ほど、そんな場面が多いもの。

ほんとは嫌なのに、嫌といえず、嫌いな人と付き合ってしまう。
なぜなら、相手を傷つけたくないし、嫌われるのが怖いから。
でも、その優しさが、自分の心をすり減らしてしまうこともある。
人の顔色ばかり見て、自分の心を見なくなる。
そうして、
気づいた時には「自分が何を感じているのか」さえわからなくなる。
そもそも——
好き嫌いは、あっていい。
それは生理反応であり、魂の感覚。
「嫌い」は悪ではなく、
「自分を守るためのサイン」
嫌いな人に好かれようとするのは、
魂のエネルギーを浪費すること。
嫌いな人に嫌われることは、
実は“正解”!
嫌う自分を許せた時、
ようやく「自分を好きになれる」
そして同時に、
本当に心地よい人たちと出会えるようになる。
たとえ誰かに嫌われても、
あなたの価値には一ミリも傷がつかない。
それは、ただの「好き嫌い」という好みの話。
世界の全員に好かれる必要なんて、
どこにもない!
嫌われるときには、嫌われる。
それでいい!
その事実を受け入れた瞬間に、心は自由になる。
最初は怖い。
けれど、
自分の感情に正直になるほど、
人生は軽やかに輝きはじめる。
「それでも、自分の味方でいられるか?」
そこが分かれ道!
僕自身、
かつては人に嫌われるのが怖くて、
みんなに好かれようと無理をしていました。
でも、気づけば自分を見失っていました!
そんな過去があるからこそ、
今は胸を張って言えます。
好き嫌いは、自分らしさを守るための“武器”
自分のことは、
自分でちゃんと守っていい!!
「なんでわかってくれないの?」
そう感じて、心が疲れてしまったことはありませんか?
実は、この“わかってほしい”という思いこそが、僕たちを一番苦しめているのです。

毎日カウンセリングをしていると、
多くの人がこの「わかってほしい」という想いでいっぱいになっています。
こんなに頑張っているのに、誰も気づいてくれない——。
その思いが強すぎると、怒りになったり、嫉妬になったり、
ときには自分を責める方向に向かってしまうこともあります。
でも、そもそも人は“完全には”分かり合えません!
それぞれの経験、価値観、感情のフィルターが違うからです。
「分かり合えない」——
だからこそ、「わかりたい」という想いが“愛”になるのです。
身近で大切な人ほど、「きっと分かってくれている」と思いがちですが、
実際には、そうでもないことが多いもの。
それにイライラしたり、悲しくなったりするのは自然なことです。
けれども、「わかってもらいたい」を手放さない限り、悩みは終わりません。
では、どうすればいいのか?
まずは、自分が自分をわかってあげること。
「わかってもらえなくて悲しいよね。でも、大丈夫。私は私の味方だよ」
そう声をかけてあげるだけで、心は少しずつほどけていきます。
そして、もし本当に“わかってほしい”なら、
まず相手をわかろうとすることから始めてみてください。
相手もまた、いっぱいいっぱいで、人の話を聞く余裕がないのかもしれません。
そんなときは、相手の心のコップから溢れているものを、
少し抜いてあげてから話す——
それだけで、伝わり方が変わります。
コミュニケーションって、じつはとても繊細で、
でもだからこそ“愛の練習場”なのだと思います。
「聞くことは、愛」
「わかりたい」と思う気持ちが、関係をあたためます。
「わかってほしい」で止まっているうちは、
悩みのループから抜けられないけれど——
「わかりたい」に変わった瞬間、愛が流れはじめます。昨日のカウンセリングで、改めて感じたことがあります。
それは「人に優しい人ほど、自分に厳しい」ということ。
誰かのために動ける人ほど、自分のことを後回しにしてしまうのです。
たとえば、気力がなくても頑張ってしまう人。
体が「休みなさい」と言っているのに、
「まだ大丈夫」と無理をしてしまう人。
あるいは、心の中でいつも
「ダメ」「まだ足りない」と自分に言い聞かせてしまう人。
でも、本当は、もう十分なんです。
あなたは、もうじゅうぶん頑張ってきた。
だからこそ、ここからは「自分を責める」よりも
「自分を抱きしめる」時間に変えていきましょう。

ハワイの秘法「ホ・オポノポノ」には、4つの魔法の言葉があります。
ごめんなさい
許してください
愛しています
ありがとうございます
この4つの言葉を、どうか「自分自身」に向けて唱えてください。
これまで無意識に“ダメ出し”してきた自分に、
優しく謝って、許して、愛して、感謝していく。
それだけで、心は少しずつゆるみ、
「自分を生きる力」が戻ってきます。
周りを優先してきた人ほど、
「自分が何を感じているか」
「何を望んでいるか」
を後回しにしてきました。
でも、これからは
自分の顔色を見てあげること、自分の声を聞いてあげること。
それが、最初の“癒し”の一歩です。
そしてもう一つ。
「人に優しくする力」を、これからは“自分”にも向けてください。
それができるようになると、自然にまわりにも良い波が広がっていきます。
(これが“波動の法則”です。)
焦らず、比べず、ゆっくりで大丈夫!
あなたの優しさは、ちゃんと世界に伝わっています。
今日も、心穏やかに過ごせますように。