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心の処方箋

恋愛、人生、心について

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本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/03/10

恋愛相談を受けていると、

とても多い質問があります。

 

「なんで私は愛されないんでしょうか」

 

でも、正直に言うと。

 

ほとんどの場合、

問題はそこではありません。



 

本当の問題は――

 

傷つく覚悟をしていないこと。

 

です。

 

恋愛って、

優しくて、

キラキラしていて、

幸せなもの。

 

そう思っている人が多い。

 

でも、僕はそう思いません。

 

恋愛は、

とても危険な行為です。

 

なぜなら、

本音を差し出すことだから。

 

「好きです」

 

たった一言。

 

でもその一言は、

自分の心臓を差し出す行為です。

 

拒絶されるかもしれない。

嫌われるかもしれない。

バカにされるかもしれない。

 

それでも言う。

 

だから震える。

 

だから怖い。

 

でも――

 

その震えを通らないと、恋愛は始まりません。

 

僕自身も、

人に心を開くのが怖かった時期があります。

 

病気でボロボロになって、

体も弱くて、

未来も見えなかった頃。

 

「こんな自分を、誰が好きになるんだろう」

 

そう思っていました。

 

だから、

好きになっても、

 

言えない。

 

近づけない。

 

逃げる。

 

傷つくくらいなら、

最初から踏み込まない。

 

その方が楽だから。

 

でも――

 

それは恋愛ではありません。

 

ただの自己防衛です。

 

本当の恋愛は、

 

  • 愛と憎しみ
  • 喜びと絶望
  • 希望と恐れ

 

全部が混ざります。

 

なぜなら、

人の核心を触るから。

 

だから、

・傷つきたくない

・もう年齢的に…

・どうせ無理

・期待しない方が楽

そうやって心を閉じていく。

 

でも、それは

 

自分を守っているようで、

人生を閉じているだけです。

 

人は、

愛したいし、

愛されたい生き物です。

 

それを諦めるということは、

自分の命を、半分しか使っていない。

 

ということ。

 

命は、

使わないと、歪みます。

 

これは

心理でも

スピリチュアルでも

同じです。

 

だからこそ言います。

 

ちゃんと愛そう。

ちゃんと傷つこう。

ちゃんと生きよう。

恋愛は、

ぬるま湯ではありません。

 

でも、

 

ぬるま湯の人生より

ずっと熱い。

ずっと深い。

 

ずっと、生きている。

 

あなたは、

まだ本気で愛していますか。

 

恋愛は、

ひとりで抱えるほど難しくなります。

 

本気で向き合いたい方は、

個別でお話ししましょう。

 

▶︎ 恋愛カウンセリング

https://kanja.info/contents_914.html

2026/03/09

僕はクローン病の闘病中、

4年間、食事をしていません。

 

代わりに、

細いチューブを鼻から通して、

栄養を体に入れていました。

 

毎晩、9時間。

 

眠っている間、

栄養剤をゆっくり体に流し続ける治療でした。

 

正直に言うと、

本当に嫌でした。

 

鼻からチューブを入れる。

 

経験した人なら分かると思いますが、

決して楽なものではありません。

 

何度も

「もうやめたい」と思いました。

 

そんなある夜のことです。

 

僕は、

ある光景を見てしまいました。

 

母が、

自分の鼻にチューブを入れようとしていたのです。

 

もちろん、

うまく入るはずもありません。

 

でも、その姿を見たとき

僕は思いました。

 

ああ、

しんどいのは

自分だけじゃないんだ。

 

それからです。

チューブを入れるたびに

「嫌だ」

と思う代わりに、

僕が頑張らなきゃ。

 

そう思うようになりました。

 

それから15年ほど経ったある日、

僕は母に聞いたことがあります。

 

「絶食の時、何が一番つらかった?」

 

鼻のチューブかな、

そう答えると思っていました。

 

でも母は、

少し考えてこう言いました。

 

「夜かな」

 

理由を聞くと、

こう言いました。

 

「点滴が止まってないか、
 夜中に見に行ってたんよ」

 

2時間おきに。

 

僕のベッドまで来て、

栄養がちゃんと流れているか確認していた。

 

それを毎晩。

 

僕は、

まったく知りませんでした。

 

そんなことを

してくれていたなんて。

 

もし途中で

栄養が止まってしまったら、

また鼻からチューブを入れて、

9時間やり直しになる。

 

それを

母が阻止してくれていたのです。

 

それを聞いたとき、

涙が止まりませんでした。

 

僕は4年間、

食べていません。

 

でも、

僕はひとりで

生きていたわけではありませんでした。

 

僕が眠っている間、

母が

夜を起きてくれていた。

 

闘病というのは、

患者だけの戦いではない。

 

家族もまた、

静かに戦っているのだと

そのとき初めて知りました。

 

だから僕は今、

こう思っています。

 

人は、

ひとりでは生きられない。

 

でも、

誰かの存在があると、

人は想像以上に強くなれる。

 

もし今、

苦しい時間の中にいる人がいたら。

 

覚えておいてほしいのです。

 

あなたの知らないところで、

あなたを支えている人が

きっといる。

 

そして、

その人はきっと、

あなたが眠っている夜に、

あなたのことを思っている。


2026/03/08

僕はある夜、

処方された薬を全部捨てました。

 

医師には、内緒です。

 

もちろん、

正しい行動だったとは思っていません。

 

でもあの夜、

僕は、自分の人生を取り戻した気がしました。



 

闘病していた頃、

僕は通院のたびに

スーツケースを引いて病院へ行っていました。

 

旅行ではありません。

 

中身は、全部、薬です。

 

クローン病の治療で、

処方される薬の量がとにかく多かった。

 

錠剤、エレンタール、フレーバー、チューブにボトル、、、

とにかく大量でした。

 

診察が終わると、

その薬をスーツケースに詰めて帰る。

 

そんな通院を、

しばらく続けていました。

 

そのうち、

あまりの量に、病院の方から

「宅配にしましょうか」

と言われるようになりました。

 

確かに、

スーツケースで通う患者なんて

なかなかいません。

 

宅配になってからも、

箱いっぱいの薬が、定期的に届きました。

 

そして、

ある日ふと、違和感を覚えたのです。

 

この薬、

いったいどれくらいの量になるんだろう。

 

そんなことを

ふと考えました。

 

一回分ではなく、

一年分でもなく、

「一生分」です。

 

もしこの薬を、

ずっと飲み続けたら――

 

どれくらいの量になるんだろう。

 

想像してみました。

 

箱、箱、箱。

 

積み上がる薬。

 

やがてそれは

部屋いっぱいになり、

さらに増えていき、

そして、

あるイメージが浮かびました。

 

トラック一台分。

 

薬を運ぶトラックです。

 

その瞬間、

背筋がぞっとしました。

 

この量が、

全部、

自分の体に入るのか。

 

そう思った瞬間、

僕の中で

何かが切れました。

 

その夜。

 

僕は、

箱いっぱいの薬をゴミ袋に入れ、

全部、捨てました。

 

先生には、内緒です。

 

もちろん、

正しい行動だったとは思いません。

 

医師が聞いたら、

きっと怒ると思います。

 

でもあの時の僕は、

恐怖の方が

大きかった。

 

このまま一生、

薬を飲み続ける人生なのか。

 

そのイメージに、

耐えられなかったのです。

 

病気は怖かった。

 

でも、

「自分の人生が全部、薬になる」

その未来も

同じくらい怖かった。

 

だから僕は、

一度、全部やめました。

 

無茶だったと思います。

本当に。

 

でも今、振り返って思うのです。

 

あの夜、

僕は「反抗」したのではなく、

自分の人生を取り戻そうとした

のかもしれない、と。

 

そして今、思います。

 

人はときどき、

正しいかどうかではなく、

「このままでは、自分が壊れる」

そんな瞬間に出会います。

 

そのとき人は、

理屈では説明できない行動を

してしまうことがあります。

 

でも、

それもまた

生きようとする力

なのかもしれません。

 

医療は大切です。

 

僕は医療に

命を救われました。

 

だからこそ、

今も感謝しています。

 

でも同時に、

人間は、

医療だけでは

生きられないのだと思います。

 

恐怖、怒り、絶望、反抗。

 

そういう

人間らしい感情も含めて、

人は

生きている。

 

あれから、長い時間が経ちました。

 

僕は今、

カウンセラーとして

たくさんの人の話を聞いています。

 

人生に行き詰まり、

どうしていいか分からなくなった人たちです。

 

そんなとき、

僕は思い出します。

あの夜、

薬を全部捨てた自分のことを。

 

あれは、

正しい選択ではなかったかもしれない。

 

でも、

人はときどき、

正しさよりも先に

生きることを選ばなければならない。

 

そういう夜が

人生にはあるのだと思います。

2026/03/07

日本医師会賞を受賞してから、

よくこう言われます。

 

「神社さんは、きっと模範的な患者さんだったんですね。」

 

医師の言うことを守り、

治療に真面目に向き合い、

病気を乗り越えた人。

 

そんなイメージなのだと思います。



 

でも、正直に言います。

 

僕は、

かなり面倒な患者でした。

 

看護師さんを蹴飛ばしたことが、何度もあります。

 

手術をストライキして、

病院を飛び出したこともあります。

 

処方された薬を、

先生に内緒で全部捨てたこともあります。

 

海外に逃げたこともあります。

 

今思えば、

医療者の立場から見れば

完全に「問題患者」です。

 

それでも僕は、

医療を信頼していました。

 

先生を信頼していました。

 

だからこそ

必死で生きようとしていた。

 

人は、

本当に追い詰められると、

素直な患者では

いられないのだと思います。

 

それでも、

先生も看護師さんも、

僕を見捨てませんでした。

 

怒りながらも、

呆れながらも、

何度も、何度も、

向き合ってくれました。

 

もしあの時、

「言うことを聞かないなら知らない」

そう言われていたら、

僕はきっと死んでいました。

 

カウンセラーになってから

3万件以上の相談を受けてきて、

ひとつ気づいたことがあります。

 

いい子で、

言うことをよく聞く人ほど、

途中で

自分を諦めてしまうことがある。

 

逆に、

少し不良で、

自分を貫く人ほど、

最後は

自分の人生を生きている。

 

もちろん、

反抗すればいいという話ではありません。

 

医療を疑え、

そんな話でもありません。

 

ただ、

人生にはときどき

「それでも自分を諦めない」

という

少し面倒な強さが必要なのだと思います。

 

僕の中には

天使もいます。

 

でも、

同じくらい悪魔もいます。

 

優等生の部分もあれば、

暴れたくなる部分もある。

 

でも、

それでいいと思っています。

 

人間は

そんなふうにできているから。

 

あの闘病の日々が

教えてくれたことは、

ひとつです。

 

人は、

自分を諦めなければ

何度でも生き直せる。

 

最後に。

 

あの頃、

迷惑ばかりかけた先生や看護師さんへ。

 

ごめんなさい。

そして、

本当にありがとうございました。

 

どんな僕でも

見捨てなかったから。

 

だから僕は、

いま、生きています。

2026/03/06

僕はカウンセラーです。

 

難病を経験し、

医療の現場と向き合い、

これまでに30,000件を超える相談を受けてきました。

 

だからでしょうか?

 

よく言われます。

 

「たくさんの人を救ってきたんですね。」

 

そのたびに、少しだけ間があきます。

 

そして、こう答えます。

 

「僕は、誰も救えません」



 

僕は、かつてクローン病で、四年間の絶食生活を送りました。

 

毎晩、自分で鼻からチューブを入れ、

9時間かけて栄養を流し込む。

 

何度も死のうとしました。

 

でも、あのときの僕を

最後に立ち上がらせたのは誰か。

 

・医師ではありません

・家族でもありません

・本でもありません

 

最後に「生きる」を選び続けたのは、

僕自身でした。

 

医療は支えになる。

言葉は光になる。

 

でも、回復は

――本人のものです。

 

これは理屈ではなく、体で知っています。

 

だから僕は、「救います」とは言わない。

 

でも、救いという言葉は強い。

その裏には、

「あなた一人では無理だ」という響きが潜むから。

 

それを、僕は言いたくない。

 

人は、どれだけ弱っていても、

最後の一歩を踏み出す力を持っています。

 

折れても、

砕けても、

芯は残っている。

 

僕の仕事は、その芯を信じること。

 

「カウンセリングとは何か?」

 

それに対する僕の答えは、いつも同じです。

 

隣に座ること。

 

答えを与えることではない。

人生を変えてあげることでもない。

 

その人が、自分で立ち上がる瞬間を、

邪魔せず、奪わず、信じ続けること。

 

「神社さんに救われました」

と言われることがあります。

 

本当にありがたい。

 

でも、本当は違う。

 

その人が、自分を諦めなかった。

その人が、自分で選んだ。

 

僕は、そこにいただけです。

 

肩書きや実績は、

外側の証明にはなります。

 

でも、本質ではない。

 

本質は、

苦しみから目を逸らさないこと。

依存を生まない距離で関わること。

相手の人生を、奪わないこと。

 

僕は、誰も救えない!

 

でも、

誰かが自分を取り戻す瞬間に立ち会うことはできる。

 

それで十分だと、本気で思っています。

 

これが、僕の仕事の在り方です。

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