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  1. 心の処方箋
 

心の処方箋

恋愛、人生、心について

日々noteで発信しています。

 

最新記事はこちら


本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/05/30

人間ですから

腹が立つこともあります。

 

悔しいこともあります。

 

「なんでそんな言い方するの?」

と思う日だってあります。

 

でも、

その怒りを抱え続けると、

 

気づけば、

嫌いな相手に心を占領されてしまうことがあります。

 

僕も昔は、

頭の中で何度も反論したり、

脳内裁判を開いたりしていました。

 

でも、

不思議とラクにはならないんですよね。

 

だから、

ある時から考え方を変えました。

 

「あ、これは神さま案件だな」

 

そう思うようにしたんです。



 

感情は否定しない。

 

ムカつく。

悲しい。

悔しい。

 

それはちゃんと認める。

 

でも、

その怒りを相手にぶつけない。

 

代わりに、

神さまへ報告する。

 

すると、

自分が“怨みの沼”に入らなくなるんです。

 

神社は、

お願いごとをする場所でもありますが、

 

本当は、

感情を整理する場所でもあるのかもしれません。

 

「ありがとうございました」

だけでなく、

「もう無理です」

 

も言っていい。

 

そんなことを、

改めて感じた出来事でした。

 

▼続きはこちら

https://note.com/shrine0731/n/nd1e548098391




2026/05/29

昔から、

僕は神社が好きです。

 

でも、

有名な神社だから行く、

というタイプではありません。

 

僕が見ているのは、

 

・空気

・風

・木の音

・身体反応

 

です。

 

長年、

いろんな神社を見てきて、

感じることがあります。

 

それは、

 

「どの神社にも、神様がいるわけじゃない」

 

ということ。



 

もちろん、

建物として神社はある。

 

でも、

“気配がない場所”

があるんです。

 

逆に、

小さな神社でも、

 

「ああ、ここ、生きてる」

 

と感じる場所もある。

 

その違いは何なのか?

 

僕なりに、

ずっと考えてきました。

 

そして思うのは。

 

神社って、

建物だけでは、

成り立たない。

 

人の祈り。

感謝。

掃除。

季節の行事。

 

そういう、

積み重ねで生きている。

 

だから僕は、

神社へ行くと、

まず声をかけます。

 

「こんにちはー。来ましたよ」

 

すると、

ふっと空気が変わる時がある。

 

偶然かもしれません。

 

でも、

僕は昔から、

そうやって神社と付き合ってきました。

 

ちなみに、

僕が「良い神社だな」と感じる場所には、

共通点があります。

 

それは、

御神木があること。



 

神社の中心って、

建物ではなく、

自然なんですよね。

 

そして、

神社との相性を見る、

一番簡単な方法。

 

それは、

深呼吸です。

 

境内に入った時。

 

自然に呼吸が深くなるか。

身体がゆるむか。

なぜか安心するか。

 

そこ、

すごく大事です。

 

神社って、

お願いを叶える場所というより。

 

“自分の呼吸を、取り戻す場所”

 

なのかもしれません。

 

▼note全文はこちら


2026/05/28

僕はときどき山手線を、

目的もなく、ぐるぐる回ります。

 

東京って、

本当に、

いろんな人がいる。

 

疲れ切った会社員。

酔っぱらい。

外国語が飛び交う車内。

 

泣いてる人。

寝てる人。

無表情の人。

 

山手線って、

小さな人生博物館みたいです。

 

そんな中、

先日、

ある親子を見かけました。

 

4歳くらいの男の子。

 

嬉しそうに、

何度もお父さんに聞くんです。

 

「まだ?」

「次?」

「ここ?」

 

でも、

お父さんは、

スマホを見たまま。



 

そして、

ついに。

 

「うるさい!!黙れ!!」


 

車内の空気が、

一瞬止まりました。

 

あの子は、

ただ、

楽しみだっただけなんですよね。

 

でも同時に、

お父さんも、

きっと限界だったんだと思います。

 

だから、

責めたいわけじゃない。

 

ただ、

あらためて思いました。

 

心に余白がないと、

人は、

優しくいられなくなる。

 

逆に、

少し余裕があるだけで、

人は、

ちゃんと優しくなれる。

 

そんなことを、

山手線の中で感じました。

 

▼続きはこちら(note)

https://note.com/shrine0731/n/nc68bfda04dae


2026/05/27

人間関係で、

「この人、ちょっと無理かもしれない」

と思ってしまう自分を、責めたことはありませんか。

 

本当は苦手なのに、

苦手ではないふりをする。

 

本当は距離を置きたいのに、

離れたら悪い人になる気がして、

ずっと我慢する。

 

本当は疲れているのに、

「私が気にしすぎなのかもしれない」

「私が冷たいのかもしれない」

「もっと受け入れた方がいいのかもしれない」

 

そうやって、

自分の感覚を何度も打ち消してしまう。

 

優しい人ほど、

この状態になりやすいように感じます。

 

少し変な例えをします。

 

臭い靴下って、

ありますよね。



 

本能的には、

 

「うわ、無理」

「くさい」

「離れたい」

 

そう感じるはずです。

 

でも、優しい人ほど、

なぜかそこで頑張ってしまう。

 

「この靴下にも事情がある」

「私が慣れればいいのかもしれない」

「臭いと思う私が未熟なのかもしれない」

「嗅ぎ続けたら、いつか平気になるはず」

 

でも、

臭いものは臭いのです。

 

もちろん、

靴下にも事情はあります。

 

一日中、足元で頑張ってきたのかもしれない。

汗も吸った。

雨にも濡れた。

持ち主の人生を、黙って支えてきた。

 

それはそれで、

立派です。

 

でも、だからといって、

あなたが無理に嗅ぎ続ける必要はありません。

 

これは、

人間関係にもよく似ています。

 

相手にも事情はある。

 

悪気がないのかもしれない。

不器用なだけかもしれない。

余裕がないだけかもしれない。

その人なりに、必死なのかもしれない。

 

だから、

相手を悪者にしなくていい。

 

でも、

自分の感覚まで、

なかったことにしなくていいのです。

 

合わないものは、合わない。

苦手なものは、苦手。

無理なものは、無理。

 

それを認めることは、

誰かを裁くことではありません。

 

自分の命を、

大切に扱うことです。

 

人を嫌いになる自分が嫌い。

 

そういう方は、

とても多いです。

 

特に、

優しい人ほど、

人を嫌いになりたくありません。

 

みんなと仲良くしたい。

誰も傷つけたくない。

悪く思いたくない。

 

その気持ちは、

本当に美しいものです。

 

でも、

人を嫌いにならないように頑張りすぎて、

自分のことまで嫌いになってしまったら、

それは少し悲しいことです。

 

人を苦手だと思うこと。

距離を置きたいと思うこと。

会いたくないと感じること。

 

それ自体は、

悪ではありません。

 

大切なのは、

その感情で相手を攻撃しないこと。

 

そして、

その感情で自分を責めないこと。

 

自分も、相手も、

コントロールしない。

 

「ああ、私はこう感じているんだな」

 

まずは、

それだけでいいのです。

 

自分を好きになるとは、

毎日、「私、最高」

と思うことではありません。

 

嫌な自分もいる。

弱い自分もいる。

誰かを苦手だと思う自分もいる。

嫉妬する自分もいる。

逃げたい自分もいる。

 

もう何もかも面倒くさい、

と思う日もある。

 

それでも、

 

「まあ、そういう日もあるよね」

 

と、少しずつ受け止めていくこと。

 

その積み重ねが、

自分を好きになる、

いちばん現実的な道なのだと思います。

 

自分の感覚を無視し続けると、

人は少しずつ、

自分から離れていきます。

 

誰かに嫌われないために、

自分を置き去りにする。

 

誰かを傷つけないために、

自分の心を黙らせる。

 

誰かの事情を理解しようとして、

自分の限界を見失う。

 

それは一見、

優しさのように見えるかもしれません。

 

でも、

その優しさが続きすぎると、

心も体も疲れてしまいます。

 

理解することと、

近くに居続けることは、

同じではありません。

 

許すことと、

我慢し続けることも、

同じではありません。

 

相手の事情を認めながら、

自分の限界も認める。

 

その両方があって、

人間関係は少しずつ健やかになっていきます。

 

臭い靴下は、

無理に嗅ぎ続けなくていい。

 

そっと距離を置く。

洗濯かごに入れる。

窓を開ける。

 

それでいい。

 

人間関係も、

それくらいでいいのかもしれません。

 

大げさに断罪しなくていい。

怒鳴らなくていい。

正しさで勝たなくていい。

 

ただ、

「私は、少し距離が必要です」

と、自分の中で認める。

 

その静かな正直さが、

自分を守ってくれることがあります。

 

苦手なものは、苦手。

無理なものは、無理。

 

でも、

誰かを責めなくていい。

 

自分も、

責めなくていい。

 

人間関係も、人生も、

無理に美しくまとめなくていいのです。

 

本当は嫌だった。

本当は苦しかった。

本当はもう、離れたかった。

 

そういう声を、

少しずつ聞いてあげる。

 

そこから、

人生は静かに整い始めます。

 

自分の感覚を信じることは、

わがままになることではありません。

 

誰かを傷つけるためでもありません。

 

ただ、

自分の命の近くに戻ることです。

 

もし今、

人間関係の中で、

 

「本当はつらい」

「本当は苦手」

「本当は距離を置きたい」

 

という感覚があるなら、

まずは、その自分を責めないでください。

 

あなたは冷たいのではなく、

たぶん、少し疲れているだけです。

 

そして、

もうそろそろ、

自分の感覚に戻っていい頃なのだと思います。

 

【カウンセリングのご案内】

 

神社昌弘のカウンセリングでは、

ただ悩みを聞くだけではなく、

今、どこで心の流れが止まっているのかを一緒に見ていきます。

 

事前に、お名前と生年月日から、

本来の特性や流れを見立てたうえで、

当日は、

 

・mind(思考)

・body(身体反応)

・spirit(見えない流れ)

 

この3方向から、

今の状態を整えていきます。

 

人間関係で疲れてしまう方。

自分の感覚がわからなくなっている方。

いつも我慢してしまう方。

優しさの中で、自分を見失ってしまう方。

 

一度、ゆっくりお話を聞かせてください。

 

自分を責めるためではなく、

もう一度、自分の場所に戻るための時間です。

 

▼対面カウンセリングはこちら

https://kanja.info/contents_762.html

 

▼オンラインカウンセリングはこちら

https://kanja.info/contents_507.html

 

臭い靴下を嗅ぎ続けるより、

静かに窓を開ける勇気を持つ日があってもいいのです。


2026/05/26

僕は基本、ひきこもりです。


仕事はほぼテレワーク。

カウンセリングも室内。


最近、このままだと

「キノコみたいに湿気る」

と思って、散歩するようにしています。


東京には、意外と公園が多い。

 

  • 犬を散歩している人
  • ストレッチをしている人
  • ベンチでぼんやりしている人
  • 楽しそうに歌っている人
  • 会社に行きたくなさそうな顔の人

 

公園は、かなり人間が出ます。


今朝も、ベンチに座って

ぼんやりしていました。


すると突然、隣のベンチから、

「なんで別れなきゃいけないの!?」

「私の何がいけないの!?」

という声が聞こえてきました。




朝10時。

急に昼ドラが始まりました。


しかも、かなり本気のやつ。


これは聞いてはいけないと思い、

僕はそっとその場を離れました。


忍者のように。


でも、歩きながら考えました。


別れというのは、

本当に理不尽なものだなと。


どれだけ好きでも、

相手の気持ちが離れたら、

終わってしまうことがあります。


努力すれば何とかなる。


そう信じたいけれど、

恋愛には、

努力だけではどうにもならないことがあります。


だから人は、終わったあとに

答えを探します。


私の何が悪かったのか。

どこを直せばよかったのか。

どうすれば防げたのか。


気持ちは、とてもよくわかります。


でも恋愛は、

必ずしも問題解決ではありません。


相手の心は、

こちらの正しさや努力だけでは

動かせないからです。


納得できない別れがあります。


何を聞いても、

どこへ相談しても、

夜になると、また泣いてしまう。


そんな日もあります。


でも、

無理に納得しようとしなくてもいい。


悔しい。

悲しい。

まだ好き。


その気持ちを、まず認めること。


人間は、そんなにきれいにはできていません。


元恋人のSNSを見てしまう日もある。

おすすめユーザーに出てきて、心臓が跳ねる日もある。

平気なふりをして、全然平気じゃない夜もある。


それでもいいのだと思います。


恋愛で本当に苦しいのは、

別れそのものよりも、

納得できないことを

受け入れなければいけないこと。


そこなのかもしれません。


だから最後は、やはり時間です。


時間だけが、

ゆっくり、ちゃんと、

人を次の場所へ運んでいく。


今朝、公園で見かけた修羅場から、

そんなことを思いました。


朝から少し、刺激が強すぎました。


でも、人間って、

本当にどうしようもなくて、

少し愛おしいですね。


この文章の元になったnote記事はこちらです。


少し笑えて、

少し切なくて、

でも最後には自分の感情を責めなくていいと思える内容になっています。


▼noteで読む

https://note.com/shrine0731/n/n5a75d166be5a

2026/05/22

カウンセリングをしていると、

時々、誰にも言えない本音に出会います。

 

「痴呆になった義父に、早く死んでもらいたいんです」

 

もちろん、本人も、

そんなことを思いたくない。

 

「こんなこと、言ってはいけない」

「最低だと思われる」

 

そうやって、長い間、

ひとりで抱え込んできた人ほど、

僕の前で崩れるように泣かれます。

 

 

でも、実際には、

 

“冷たい人”なのではありません。

 

むしろ逆です。

 

優しくて、

真面目で、

責任感が強くて、

 

ずっと我慢してきた人ほど、

限界を超えてしまう。

 

介護は、綺麗ごとだけでは続きません!

 

どれだけ愛があっても、

人間だから、苦しくなる日もある。

 

逃げたくなる日もある。

消えてしまいたくなる夜もある。

 

だから僕は、

正しい・間違いではなく、

 

まず、その苦しさを、

そのまま受け止めます。

 

「そんなふうに思ってしまうほど、頑張ってきたんですね」

 

そう伝えるだけで、

張り詰めていたものが、

少し緩むことがあります。

 

今日もまた、

たくさん吐き出してもらえました。

 

帰る頃には、雨と一緒に、

少し心が軽くなったような顔をされていました。

 

人は、“正しさ”よりも先に、

安心できる場所が必要なのかもしれません。


2026/05/21

20歳の時、

僕はクローン病になりました。

 

当時は、

将来への不安も強く、

 

「普通に生きる」

 

ということが、

急に難しくなった感覚がありました。

 

でも、

そこから20年以上。

 

ありがたいことに、

今は大きく体調を崩すことも少なく、

日本医師会賞までいただくことができました。

 

もちろん、

医療の力も大きかったです。

 

でも同時に、

振り返ると、

 

やはり、

“日々の整え方”

 

が、

僕の身体を支えてくれていた気がします。

 

最近は、

「腸活」という言葉を、

よく聞くようになりました。

 

でも、

情報が多すぎて、

 

何を信じればいいかわからない。

 

そんな人も多いと思います。

 

だから今日は、

僕自身が長年続けていることを、

シンプルに書いてみます。

 

これは、

医学的に確立した治療法ではなく、

あくまで僕個人の体験です。

 

合う合わないもあります。

 

ただ、

何か一つでも、

誰かのヒントになれば嬉しいです。


 

僕が日常で意識していること

・水をこまめに飲む

(少量の塩を入れた水)

 

・朝は青汁だけにする

(午前中は腸を休ませる)

 

・お腹を冷やさない

(腹巻き、温かい飲み物)

 

・食べすぎない

 

・発酵食品を摂る

(納豆、味噌汁、漬物など)

 

・睡眠を大事にする

 

・SNSや情報に飲まれない

 

・朝晩、静かに祈る

 

特別なことではありません。

 

でも、

腸って、

すごく正直です。

 

無理をすると、

ちゃんと反応する。

 

逆に、

安心すると、

ちゃんとゆるむ。

 

だから僕は、

「身体を整える」

だけではなく、

 

「心を整える」

 

ことも、

同じくらい大切にしています。



 

腸は、

第二の脳とも言われます。

 

実際、

不安やストレスが続くと、

お腹に来る人は多い。

 

だからこそ、

現代人に必要なのは、

 

“頑張り続けること”

 

ではなく、

 

“ちゃんと休ませること”

 

なのかもしれません。

 

病気になったことは、

当時は苦しかった。

 

でも今は、

身体との付き合い方を、

教えてもらった気もしています。

 

腸を整えることは、

人生を整えること。

 

そんなふうに、

僕は感じています。


2026/05/19

「どう思われていますか?」

 

カウンセリングをしていると、

本当によく聞く言葉です。

  • 嫌われたくない
  • 悪く言われたくない
  • ちゃんとして見られたい

だから、

気を遣う。

 

空気を読む。

我慢する。

 

でも、

実は、

そうやって生きている人ほど、

人の“気”に飲まれてしまうことがあります。

 

昔から、

陰陽道や白魔術の世界では、

 

「言葉には気が乗る」

 

と言われてきました。

 

だから、

悪口ばかり言う人のそばにいると、

こちらまで重くなる。

 

疲れる。

気力が削られる。

 

本来の自分が、

わからなくなる。

 

でも、

ここで大切なのは、

 

「もっと頑張って好かれよう」

 

ではありません。

 

むしろ逆です。

 

「ああ、この人は、こういう“気”の人なんだ」

 

と理解すること。

 

白魔術とは、

相手をねじ伏せる力ではありません。

 

自分の“気”を、

静かに整え続ける力です。

 

だから、

離れる。

 

まともに戦わない。

少し距離を取る。

 

逃げる。

流す。

 

それでいい。

 

真面目な人ほど、

“ちゃんと向き合おう”

としてしまいます。

 

でも、

世の中には、

近づきすぎない方がいい“気”もあります。

 

そして、

これは本当に大切ですが、

 

人は、

一緒にいる人の“気”に引っ張られます。

 

愚痴ばかりの場所にいると、

自分も濁る。

 

逆に、

 

・感謝できる人

・人を褒められる人

・笑える人

・人の幸せを喜べる人

 

そういう人といると、

人生は少しずつ整っていきます。

 

だから、

人生を変えたいなら、

 

「誰に好かれるか」

ではなく、

「誰といるか」

 

を変えた方がいい。

 

あなたは、

全員から好かれなくていいのです。

 

むしろ、

“ちゃんと嫌われる”

というのは、

とても健全なこと。

 

全員に好かれようとすると、

魂が濁っていくから。

 

だから、

もう、

 

“どう思われるか”

 

で生きるのを、

そろそろ終わりにしませんか。

 

あなたの人生は、

 

誰かの悪口を回避するために、

あるわけじゃないのだから。

 

▼続きはこちら(note)

https://note.com/shrine0731/n/n51e228116bb3


2026/05/16

「きっと、怒っていると思うんです」

 

先日、

そんな相談を受けました。

 

お父様を亡くされた方でした。

 

「もっと優しくすればよかった」

「最後に、あんなこと言わなければよかった」

「許されていない気がする」

 

そうやって、

亡くなったあとも、

ずっと自分を責め続けていたそうです。

 

でも、

対話の中で伝わってきたものは、

まったく逆でした。

 

「ありがとう」

「愛している」

「幸せになってほしい」

 

ただ、

それだけだったんです。

 

彼女は、

その瞬間、

声をあげて泣いていました。

 

実は、

こういうことは本当に多いです。

 

亡くなった人が、

・怒っている

・責めている

・許していない

 

そう思い込んでしまう人は、

少なくありません。

 

でも、

実際には違うことが多い。

 

むしろ、

責め続けているのは、

“自分自身”

だったりします。

 

僕自身も、

そうでした。

 

父が亡くなる直前、

僕は完全に反抗期でした。

 

関係も最悪。

 

優しくなんて、

全然できていなかった。

 

だから、

父が亡くなったあと、

ずっと苦しかったんです。

 

「きっと怒っている」

「情けない息子だと思われている」

 

そう思っていました。

 

でも、

イギリスで出会った霊媒師たちは、

みんな同じことを言いました。

 

「お父さんは、あなたを責めていない」

「むしろ誇りに思っている」

 

と。

 

その時、

僕は気づきました。

 

責めていたのは、

父ではなかった。

 

僕自身だったんです。

 

陰陽道でも、

仏教でも、

亡き人は、

もっと大きな愛に戻る、

と言われます。

 

だから、

本当に大切な人ほど、

あなたを追い込まない。

 

「生きてほしい」

「幸せになってほしい」

 

そう願っている。

 

そこにあるのは、

愛です。

 

だから、

もう、

自分を責めすぎなくていい。

 

後悔があるのは、

それだけ愛していたから。

 

でも、

後悔し続けることで、

“愛されていたこと”まで、

否定しなくていい。

 

亡くなった人は、

あなたを苦しめるためではなく、

 

今も、

愛するために、

そばにいる。

 

僕は、

そう感じています。


2026/05/15

「いつか、謝ってほしい」

そう思ってしまう夜が、

ありませんか。


ただ謝るだけじゃ足りない。

「全部、私が悪かった」

と、認めてほしい。


傷つけられた人ほど、

そう思います。


・裏切られた

・利用された

・見下された

・都合よく扱われた

・最後は悪者にされた


だから、

悔しい。


腹が立つ。

眠れない。


「いつかギャフンと言わせたい」

そう思う。


でも、

それは、

人として自然な感情です。


カウンセリングをしていると、

優しくて真面目な人ほど、

深く傷つき、強い怒りを抱えています。


そして、

そんな自分を見て、さらに苦しむ。


「こんなこと思っちゃダメだ」

「許せない私は未熟だ」

「スピリチュアル的によくない」


でも、

僕は思うんです。


本当に苦しかった人ほど、

簡単には許せない。


それでいい!


むしろ、

無理に“いい人”になろうとすると、

心が壊れていきます。


ただ、

ここで一つ、

残酷な現実があります。


本当に酷いことをした人ほど、

自分の非を認めません。


逃げます。

ごまかします。

逆ギレします。


なぜなら、

「自分が悪かった」

を認めると、

自分が壊れてしまうから。


だから、

謝らない。


でも、

因果はあります。


これは、

脅しではなく、

人生を見てきた中で感じることです。


人を雑に扱った人は、

あとから、少しずつ失っていきます。


信頼。

人間関係。

仕事。

健康。

運。


人生は、

ちゃんと見ています。


だから、

本当の白魔術は、

相手を呪うことじゃない。


無理やり潰すことでもない。


先に、

自分の人生を立て直すことです。


ちゃんと食べる。

眠る。

掃除する。

整える。

笑う。

安心する。

自分を取り戻す。


すると、

不思議なことに、

相手のことが、

少しずつどうでもよくなっていく。


そして、

あとから気づくんです。


一番の復讐は、

「土下座させること」

じゃなかった。


“もう、その人に支配されなくなること”

だったと。


あなたの人生まで、

あの人に奪われなくていい。


人生は、

今、ここから整え直せます。


2026/05/13

「いつか、痛い目を見ればいいのに」

そんなことを、

心のどこかで思ってしまう夜はありませんか。


今日は、

少し踏み込んだ話を書きます。


きれいごとではなく、

人間の“本音”の話です。



カウンセリングをしていると、

時々、こんな言葉を聞きます。


「正直、あの人が不幸になっていくのを見たいです」


それは、

自分を深く傷つけた相手に対して、

湧き上がってくる感情です。


でも、

多くの人は、

そんな自分を見て、

さらに苦しみます。


「こんなこと思うなんて最低だ」

「許せない私は未熟だ」

「スピリチュアル的によくない」


そうやって、

怒りや憎しみを、

必死に押し込めてしまう。


でも、

僕は思うのです。


許せなくていい。


だって、

本当に傷ついたのだから。


傷ついた人が、

すぐに

「感謝しましょう」

「許しましょう」

なんて、

できるわけがない。


むしろ、

無理に許そうとすると、

心が壊れていきます。


特に、

真面目で優しい人ほど、

ここで無理をします。


本当は苦しいのに、

「私が未熟だから」

「私の学びだから」

「私の波動が低いから」

そんなふうに、

自分を責め続けてしまう。


でも、

まず必要なのは、

“許すこと”ではありません。


「許せないくらい傷ついた自分」

を認めてあげることです。


僕は、

これが最初の救いだと思っています。


心理学でも、

怒りには意味があると言われています。


怒りとは、

「これ以上傷つきたくない」

という、心の防衛反応です。


つまり、

あなたの怒りは、

あなた自身を守ろうとしている。


だから、

まずは、

許せない自分を責めなくていい。


ただ──


そこに居続けると、

人生が止まってしまう。


ここが、

とても大事なところです。


相手を憎み続けると、

人生の主導権が、

ずっと相手のままになる。


「あの人さえいなければ」

「あの人のせいで」


その状態は、

本当に苦しい。


だから、

僕が思う“許し”とは、

相手を無罪にすることではありません。


忘れることでもない。

仲直りすることでもない。


「相手との苦しい関係の場から、自分を救い出してあげること」

なのだと思っています。


最終的に必要なのは、

相手を変えることではなく、

自分を、その苦しみの場から、

静かに離していくこと。


もちろん、

すぐには無理です。


僕自身も、

許せなかったことがあります。


父との関係。

病気だった頃のこと。

裏切られたこと。


今でも、

思い出すことはあります。


でも、

時間をかけて、

少しずつわかったのです。


相手を許したから、

楽になったのではない。


「もう、相手に人生を支配させない」


そう決めたとき、

少しずつ自由になれたんです。


許しとは、

相手のためではない。


自分を、

苦しみから解放するためにある。


だから今日は、

無理に許さなくていい。


まずは、

「許せないくらい苦しかった」

と、自分に言ってあげてください。


本当に必要なのは、

立派な許しではなく、


傷ついた自分を、

ちゃんと抱きしめ直すことなのだと思います。

2026/05/13

「もう許せない」

そう思ったこと、

きっと誰にでもあると思います。

 

  • 義母

  • 毒親
  • 職場の上司
  • かつて自分を傷つけた人

 

カウンセリングをしていると、

「やり返したい」

という相談は、本当に多いです。


でも実は、

その感情を持つ人ほど、


真面目で、

優しくて、

ずっと我慢してきた人だったりします。


だからまず、

その気持ちを責めなくていい。


本当に苦しかったのだと思います。


ただ──


ここで、

感情のまま戦い始めると、

人生はさらに苦しくなります。


今日は、

僕の家系に伝わる、

少し不思議な話を書こうと思います。


時は、

用明天皇の時代。


第三皇子と共に、

鬼が棲みついたと恐れられた

「大江山」へ向かった一団がありました。


その中に、

僕の祖先がいたと、

祖父から聞かされて育ちました。


人々は皆、

刀を抜き、

鬼と戦うのだと思っていた。


でも、

祖先がやったことは違いました。


鬼と戦わなかったのです!


彼は、

鬼の正体を見抜いていた。


鬼とは、

“人の姿をした存在”であり、


さらに、

その土地に蔓延する

淀んだ「気」が、

人を狂わせていたのだと。


だから、

刀ではなく、

祓いと祭祀で、

場を整えた。


荒れた土地を清め、

澱んだ気を鎮めていくと、


鬼たちは、

自ら消えていった──。


この話を初めて聞いたとき、

僕は鳥肌が立ちました。


「戦わずして勝つ」


これは、

単なる昔話ではなく、

今の時代にも通じる智慧だと思ったのです。


心理学には、

「投影」

という考え方があります。


相手を憎み続けるほど、

意識は相手に支配されていく。


つまり、

戦えば戦うほど、

相手中心の人生になってしまうのです。


スピリチュアルでも同じです。


怒りや執着で繋がった相手とは、

エネルギー的にも離れにくくなる。


だから、

本当に大切なのは、

相手を叩きのめすことではありません。


自分を整えることです。

 

  • 深呼吸する
  • 眠る
  • 散歩する
  • 部屋を片づける
  • 乱れた生活を整える

 

そうすると不思議と、

相手の毒に飲み込まれなくなっていく。


そして、

必要以上に反応しない。

 

  • 挑発に乗らない
  • 説明しすぎない
  • 証明しようとしない

 

ただ、

静かに、

自分の人生を生きる。


すると最後に、

一番大きな変化が起きます。


それは、

「幸せになることを、自分に許せる」

ということ。


実は、

これが一番効きます。


あなたを傷つけた人は、

あなたが苦しみ続けると思っている。


でも、

あなたが、

穏やかに笑いながら、

人生を立て直し始めると、


相手はそこで初めて、

「もう支配できない」

と気づく。


それが、

本当の意味での

“ギャフン”

なのだと思います。


戦わずして勝つとは、

相手を倒すことではなく、


自分の人生を、

相手から取り戻すこと。


人生を整えることで、

人は、もう一度、

生き直すことができます。

2026/05/12

Netflixで話題になっている

「地獄に堕ちるわよ」


あの強い言葉を見ながら、

改めて感じたことがあります。


人は、

不安な時ほど、

誰かに“答え”を預けたくなる。


もちろん、

占いやスピリチュアルが

悪いわけではありません。


でも、

弱っている時ほど、

人は強い言葉に飲まれやすい。


だからこそ、

本当に大事なのは、

まず「現実」を整えること。

 

  • 掃除をする
  • 片付ける
  • 感謝する
  • 笑う

 

昔から陰陽道でも、

「場を整えること」

は祓いの智慧として大切にされてきました。


人生が止まった時ほど、

整えるべきなのは、

運気ではなく、

自分自身なのかもしれません。


続きはこちらから。

https://note.com/shrine0731/n/n6b634d40b86e

2026/05/11

東京の事務所の壁に、

世界地図を貼ってみました。




それだけなのに、

なんだか一気に、

空間が広がった気がします。

 

この地図は、

一枚ずつ各国を貼っていくタイプ。


思っていた以上に難しくて、


「え?この国ってここ?」

「こんな位置だったんだ」


と、貼りながら、

何度も驚いていました(笑)

 

しかも、

この地図はイギリス産。


つまり、

イギリス中心の世界地図です。

 

僕が昔、

イギリスで教師をしていた頃も、


最初に驚いたのが、

世界地図でした。

 

日本で育つと、

日本が真ん中にある世界地図を見て育ちます。


だから、

無意識に、

「日本中心」で世界を見ている。


でも、

イギリスでは違いました。


ヨーロッパが中心‼️


最初は、

かなり違和感がありました。

 

でも、

今思うと、

あの感覚はとても大切だった気がします。

 

人はみんな、

自分の立っている場所から、

世界を見ています。

 

これは、

人生でも同じです。

 

  • 自分の常識
  • 自分の価値観
  • 自分の正しさ

 

それを、

「当たり前」だと思いやすい。


でも、

場所が変わると、

見え方も変わる。


環境が変わると、

悩みの意味まで変わることがあります。

 

だからこそ、

行き詰まった時ほど、

違う景色を見ることは大切なのだと思います。

 

別に、

海外に行かなくてもいい。

 

  • いつもと違う場所へ行く
  • 違う人と話す
  • 違う考え方に触れる

 

それだけでも、

人の世界は広がっていきます。

 

僕自身、

京都を出るつもりはありませんでした。


でも、

東京に来て、

本当に世界が広がりました。


出会う人も、

仕事も、

考え方も、

大きく変わった。

 

もちろん、

怖さもありました。

不安もありました。


でも、

動かなければ、

見えなかった景色があります。

 

人生は、

「知っている世界」だけで生きていると、

少しずつ小さくなってしまう。


でも、

ほんの少し勇気を出して、

外へ目を向けると、

人生は何歳からでも広がっていく。

 

世界は、

思っているより広い。


そして、

人生も、

まだまだ広げられるのだと思います。


2026/05/10

街を歩いていると、

あちこちで薔薇が咲き始めています。

 

 

赤、白、ピンク、黄色。

 

色も、形も、香りも、本当にさまざま。

 

 

それぞれ個性があるのに、

どの薔薇も凛としていて、

 

「花の女王」

と呼ばれる理由がわかる気がします。

 

 

僕は昔から、

花を眺める時間が好きです。

 

特に薔薇には、

どこか特別な存在感があります。

 

 

華やかなのに、どこか静か。

 

強さと繊細さを、同時に持っている。

 

だからこそ、

多くの人が惹かれるのかもしれません。

 

 

実際、薔薇の前では、

みんな立ち止まります。

 

🌹「綺麗ねぇ」と話す人

🌹スマホで写真を撮る人

🌹ただ静かに見惚れている人

 

忙しそうに歩いていた人まで、

ふっと表情が柔らかくなる。

 

花には、人の心を緩める力があるのだと思います。

 

 

薔薇は育てるのが難しいそうです。

 

手入れも大変で、病気や虫にも弱い。

 

それでも、こんなにも美しく咲かせてくださっている地域の皆さまには、本当に感謝です。

 

誰かが丁寧に手をかけてくれているから、

僕たちは、こうして季節を感じられる。

 

そう思うと、

当たり前の日常も、

少し違って見えてきます。

 

 

最近は、情報も多く、

頭も心も疲れやすい時代です。

 

だからこそ、

ときには立ち止まって、

 

空を見る。

花を見る。

季節を感じる。

 

そんな時間が、

心を整えることにつながるのかもしれません。

 

 

僕自身も、薔薇を見ながら、

少し呼吸が深くなりました。

 

季節は、ちゃんと巡っています。

 

焦らなくても、大丈夫。

 

花は、咲くべき時に、

ちゃんと咲くのだから。

 



2026/05/09

東京に来て、

丸4年が経ちました。


そして、

今日から5年目です。


正直、

こんな未来は想像していませんでした。


僕は、

ずっと京都にいると思っていたからです。


京都で生まれ、

京都で育ち、

そのまま京都で生きていく。


そんな人生を、

自然とイメージしていました。


でも、

人生は、

本当に不思議です。


流れに導かれるように、

東京に拠点を持つことになり、


気づけば、

世界が一気に広がっていました。


海外へ行った時も感じましたが、

やはり、

「井の中の蛙、大海を知らず」

という言葉は、

本当なんだと思います。


動くことで、

見える景色が変わる。


出会う人が変わる。

価値観が変わる。


人生の流れそのものが、

変わっていく。


もちろん、

置かれた場所で咲くことも、

素敵なことです。


今いる場所で、

丁寧に生きることは、

とても大切。


でも僕は、

そこだけでは、

どこか物足りなかったんだと思います。


もっと世界を見たい。

もっと人に出会いたい。


もっと、

人生の可能性を知りたい!


そんな想いが、

ずっと心の奥にあったのでしょう。


そして、

父の死。

自分自身の難病。


病院で、

たくさんの命を見送ってきた経験。


そういう体験をしてきたからこそ、

強く思います。


人生は、

「いつか」

と思っていると、

本当にあっという間です。


だからこそ、

自分を後回しにしないこと。


自分の人生を、

ちゃんと生きること。

自分で自分を幸せにしていくこと。


それが結果として、

まわりの人を豊かにしていくのだと思います。


年齢を重ねると、

どうしても、

「もう遅い」

と思ってしまう人がいます。


でも、

人生は、

何歳からでも広がります。


40代でも。

50代でも。

60代でも。


環境を変えることも、

挑戦することも、

新しい景色を見ることも、

遅すぎることはありません。


今日から、

東京5年目。


また、

どんな出会いがあり、

どんな景色が見えるのか。


少し、

わくわくしています。


あなたの人生も、

まだまだこれからです。

2026/05/08

昔から、

陰陽道や神道では、

「強すぎる念」

は、扱いを間違えると危険だと考えられてきました。


ただ、

ここで誤解してほしくないのは、

“念が強い人=怖い人”ではない、

ということです。


むしろ実際は、


・真面目な人

・優しい人

・我慢してきた人


そういう人ほど、

知らないうちに、

重たい気を溜め込みやすい。


これは、

カウンセリングの現場でも、

本当によく感じます。


・人に迷惑をかけないようにする

・ちゃんとしていようとする

・空気を壊さないように頑張る

・本音を飲み込む

・怒りを抑える

・悲しみを隠す


そうやって、

長い時間、

自分を押さえ込み続ける。


すると、

気の流れが止まってしまう。


本来、

感情というものは、

流れていくことで、

整っていくものです。


でも、

我慢し続けると、

出口を失う。


そして、

行き場を失った感情は、

少しずつ“淀み”になっていく。


仏教でも、

「執着は苦しみを生む」

と言われています。


つまり、

抱え込みすぎると、

心が重たくなる。


最初は、

ただの疲れだったものが、


いつの間にか、

「なんでわかってくれないの?」

「私はこんなに頑張っているのに」

「あの人ばっかり楽しそう」

そんな苦しさへ変わっていくことがある。


でも、

本人には、

なかなか自覚がありません。


なぜなら、

真面目な人ほど、

「自分はちゃんとしている」

という感覚が強いからです。


もちろん、

努力することは悪いことではありません。


耐えることも、

頑張ることも、

時には必要です。


ただ、

“止まり続ける”

のは危険です。


昔から、

神道でも、

仏教でも、

「祓う」

「流す」

「風を通す」

ということを、

とても大切にしてきました。

 

  • 笑う
  • 歌う
  • 自然に触れる
  • 遊ぶ
  • 誰かに頼る
  • ちゃんと休む

 

それは、

怠けではありません。


“浄化”です。


実際、

うまく流れている人ほど、

どこか軽やかです。


・深刻になりすぎない

・抱え込みすぎない

・頑張りすぎない


気が循環しているからです。


逆に、

優しい人ほど、

自分を後回しにしすぎてしまう。


すると、

 

  • 優しさが執着に変わる
  • 愛が支配に変わる
  • 心配が重たい念になる

 

僕は、

これを何度も見てきました。


だからこそ、

思います。


本当に波動が高い人というのは、

「正しい人」

ではなく、

“軽やかな人”

なのだと。


頑張りすぎている人ほど、

少し休んでください。


ちゃんと、

笑ってください。


風を通してください。


人にも、

自分にも。

「整える」とは、
無理を重ねることではなく、
滞ったものを流していくことなのかもしれません。

2026/05/07

人は、

大切な人が苦しんでいると、

冷静ではいられなくなります。

 

  • 子供の不登校
  • 親の介護
  • 夫婦関係
  • 病気
  • 引きこもり
  • 人間関係

 

「なんとかしてあげたい」

その気持ちは、

愛でもあり、

優しさでもあります。


だから、

調べる。

動く。

支える。

アドバイスする。

先回りする。


でも、

カウンセリングを20年以上やってきて、

僕が何度も感じてきたことがあります。


それは、

“優しい人ほど、人の問題を、自分の問題にしてしまう”

ということです。


もちろん、

支えることが悪いわけではありません。


ただ、

忘れてはいけないことがあります。


問題は、その人の問題だということ。


どれだけ周りが頑張っても、

本人が変わらなければ、

また同じ現実が繰り返されることがあります。


人生には、

「本人にしか越えられない課題」

がある。


僕は、

そう感じています。


例えば、

病気もそうです。


不満を言うだけでは、

身体は変わらない。


休む。

身体の声を聞く。

無理をやめる。


それでも変わらないなら、

病院を変える。

世界を見る。

治した人を探す。


僕自身、

クローン病を乗り越えるまで、

そうやって動いてきました。


介護もそう。


本当に苦しい時は、

一人で抱えなくていい。


制度も、

周りも、

専門家も、

頼っていい。


そして、時には、

少し距離を取ることも必要です。


「この人には力がある」

そう信じること。


不安で見守るより、

信頼のエネルギーで関わること。


その方が、

相手を強くすることもあります。


ちなみに、

僕が闘病していた頃。


母は、

僕に何も言いませんでした。


でも後から、

毎朝神社へ祈りに行き、

千羽鶴を折り、

般若心経を書いて奉納していたことを知りました。


ただ、

母は一度も、

「あなたのためにやっている」

とは言わなかった。


もし、

そう言われていたら、

僕はきっと、

苦しかったと思います。


母を苦しめている自分を責めて、

もっと追い込まれていたかもしれない。


だから、

あれが、

本物の愛だったんだと思う。


愛は、

支配ではない。

不安でもない。


「信じて見守る強さ」

なのだと思います。


▼今回のnote記事はこちら

https://note.com/shrine0731/n/n179438b1a251

 

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神社昌弘カウンセリングでは、

mind・body・spirit


三方向から、

人生の苦しさの構造を見立て、

“整える”サポートをしています。


2026/05/02

東京の

愛宕神社を訪れました。



出世の石段を登り、参拝を終え、

境内で少しだけ立ち止まっていました。



静かで、整った空気。


それでも、

どこか落ち着かない感覚が残っていました。

 

そのとき、

ふと自分の中にある動きに気づきました。


「何をすればいいのか」

「何を選べばいいのか」


外に答えを求めている自分がいたのです。

 

神社という場所にいながら、

神様ではなく「正解」を探している。


そのことに気づいた瞬間、

少しだけズレていたことがわかりました。

 

本当は、すでにわかっていたはずでした。


どのお守りに惹かれているのか。

どんな気持ちでここに来たのか。


それらは、すべて自分の内側にあったのです。

 

それでも、

巫女さんに尋ねている自分がいました。

 

人は、

無意識のうちに外へと答えを探しにいきます。


それが続くと、

少しずつ感覚は鈍っていきます。

 

神社は、

何かを与えてくれる場所のようでいて、

実際には少し違います。

 

自分の感覚を、思い出す場所!

 

そう捉えたとき、

参拝の意味が変わります。

 

帰り道、

そんなことを考えていました。

 

・なんとなく違う

・こちらの方がしっくりくる


自分の直感を信じて、
自分自身を信じて、

 

その小さな感覚を、

無視しないこと。

 

それを積み重ねていくことが、

結果として大きな変化につながっていきます。

 

今回の参拝で得たものは、

特別な「何か」ではありませんでした。

 

ただ、

自分の感覚に戻るということ。

 

それだけです。

 

しかし、

それが最も大切なことだと感じています。



 

まとめ

・神社は「答えをもらう場所」ではない

・自分の感覚を思い出す場所

・自分を信じるとは、小さな違和感を無視しないこと


カウンセリングのご案内

神社昌弘のカウンセリングは、

単なる傾聴では終わりません。


事前に、お名前と生年月日から

本来の特性や魂の傾向を読み取り、

当日は

  • mind(思考)
  • body(身体)
  • spirit(感覚)

この3方向から整えていきます。

 

どこに行ってもすっきりしなかった方、

ずっと同じところで止まっている感覚がある方にこそ、

一度体験していただきたい時間です。

 

▶ カウンセリング詳細・お申込み

https://kanja.info/contents_762.html

 

メルマガのご案内

週に一度、

「心を整える手紙」をお届けしています。


日常の中で、少し立ち止まり、

自分に戻るきっかけになる内容です。

https://kanja.info/webform_13.html


2026/05/02

5月の連休になると、

なぜか土を触りたくなる。


時間もあるし、

天気もいい。


「何か始めたい」

そんな気持ちが自然と湧いてきます。


でも、ひとつだけ。

この時期のガーデニングは、

少しだけ気をつけた方がいいかもしれません。


実は僕自身、

この時期に何度も試してきました。


・種を蒔く

・花を植える

・環境を整える


どれも、一見うまくいきそうに見える。


でも結果は、

どこか違いました。

 

  • 根がつかない
  • 育ちが弱い
  • 途中で止まる

 

「なぜだろう?」と、

ずっと思っていました。


調べていく中で出てきたのが、

「土用」という考え方です。



土用とは、

季節の切り替わりの約18日間。


古くは陰陽道の中で、

この期間は「土の気」が不安定になりやすく、

「土をいじることは避けた方がいい」

とされてきました。


正直、最初は半信半疑でした。


だからこそ、

何度も実験しました。


暦も学び、

「間日(まび)」と呼ばれる例外の日も選び、

できるだけ条件を整えて試した。


それでも、やっぱり同じでした。


育ちが悪い。

元気がない。


一度や二度ではなく、

何度も繰り返して、

「ああ、これは関係があるな」と、

ようやく納得しました。


もちろん、

これは僕の実体験です。


これがすべてとは思いません。


それでも、

この時期のガーデニングは、

少し待った方がいい。


そう感じています。


連休は、

「何かしなければ」

「有意義に過ごさなければ」

そんな気持ちになりやすい時期でもあります。


でも今は、

新しく始めるより、

整えるタイミングです。


・部屋の片付け

・不要なものの処分

・環境を整える


こうしたことの方が、

あとから確実に効いてきます。


また、

・体をしっかり休める

・近場でゆっくり過ごす

・産土神社にお参りする

そんな過ごし方も、

とても自然です。


遠くへ行かなくてもいい。

何かを増やさなくてもいい。


整えることで、

流れは自然と変わっていきます。


ガーデニングは、

土用が明けてからでも遅くありません。


むしろ、その方が、

しっかりと根づいてくれると思います。


焦らなくて大丈夫です。

今は、土を触るより、自分を整える時間かもしれません。


必要なときは、

一人で抱え込まずにご相談ください。


神社昌弘のカウンセリングでは、

心・体・感覚の3方向から、

あなたの状態を丁寧に整えていきます。

2026/05/02

これは、軽い気持ちでは書けませんでした。


スピリチュアルを否定したいわけではありません。

でも、それ以上に大切なことがあります。


僕は、目の前で父を亡くしました。




だからこそ、どうしても伝えたいことです。


本当に苦しいとき、

人はなぜか「助けて」と言えなくなる。


でも——

それが言えたとき、人生は変わります。


静かに、でも大切な話を書きました。


必要な方に届きますように。


▶︎ 続きはこちら

https://note.com/shrine0731/n/n3c7c3405f043

2026/05/01

5月がはじまりました。

新しいスタートの季節。


本来なら、前に進みたくなるタイミングです。


でも実際は、

・やる気が出ない

・なぜか不安になる

・流れが重い

そんな感覚を抱えている方も多いのではないでしょうか。


それは、あなたの問題ではありません。




今は「土用」という、

季節の切り替わりの期間にあたります。


土用とは、

立夏の直前、約18日間の調整期間。


昔からこの時期は、

「新しいことを始めるより、整える時間」とされてきました。


実際、僕自身も過去に、

この時期にあえて動いてみたことがあります。

 

  • 種を蒔く
  • 新しいことを始める
  • 引っ越しを進める

 

結果は、どれもうまくいきませんでした。

不思議なくらい、流れが止まる。


でも、土用が明けた途端、

一気に物事が動き出したんです。


この経験から、

「流れにはタイミングがある」と実感しました。


今の時期に大切なのは、

無理に進むことではなく、整えることです。


・予定を詰めすぎない

・体を休める

・余計なものを手放す

・決断を急がない


それだけで、十分です。


整ったあとに、自然と流れは動き出します。


▼記事全文はこちら

https://note.com/shrine0731/n/nbd5d51b9f9b9

 

今、もし少ししんどいと感じているなら、

それは「ちゃんと感じている証拠」です。


焦らなくて大丈夫です。